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新松戸中央総合病院 がん化学療法看護認定看護師 かみうせまゆの「忘れえぬ患者さんたち」
第1回 2人だけのヒミツ

掲載日:2019年10月30日 9時37分

看護学生だった20歳の秋

 約20年前のことです。看護学生だった20歳の秋、学生になって2回目となる実習が始まりました。期間は3週間。座学で学んだ知識を臨床の現場で学びます。

 私は、血液がんで長期の抗がん剤治療を受けていたたか子さんの受け持ちになりました。
 血液がんは、同じ病名でも、病状も性格も、人によって異なります。外来で抗がん剤治療ができるようになった現代でも、入院で強力な抗がん剤を投与することもある疾患です。

 たか子さんは60代。教育関係のお仕事をされていた穏やかな女性で、ご主人と2人暮らしでした。ご挨拶に伺った初日は、既に中心静脈カテーテル(右頸部から心臓につながる血管への点滴用のルート)から3回目の抗がん剤治療を受けていました。
 後になって学生担当の看護師さんから聞いたのですが、「治療中は体力的に自信がないから」と看護学生の受け入れを迷われていたそうです。それでも私を受け入れてくださったのでした。

 血液がんは大量の抗がん剤の副作用で発熱することがあるため、実習した病院ではシャワー浴も禁止でした。私ができることは、熱や血圧、脈の測定、清拭や洗髪、お肌・お口のケアをさせていただくことでした。

ハロウィンのK先生にワクワク

 3週間という時間をいただきながら、当時の私には、抗がん剤=吐き気、骨髄抑制(正常な血液細胞も減る副作用)、脱毛対策を考えることが精いっぱいでした。
 たか子さんは、病棟の食事の台車が届く時間はにおいがつらく、個室のドアを常に閉め切っていました。お部屋は東向き。窓の外は田園風景がずっと広がっていて、たまに野鳥が飛んできました。あるとき、「昼下がりになると部屋がうす暗くなり、一人だと寂しかったの」と話してくれました。

 それからは毎日、ベッドサイドの環境整備(感染予防のための清掃、療養しやすいような環境の工夫)や、清潔ケアをした後は、たか子さんの生い立ちを伺ったり、大好きなご主人のお話を聴いたり、一緒に映画を観たりしました。

 15時になると、ご主人が面会に来るため、ご挨拶をしてお二人の時間を過ごせるよう席を外しました。
 たか子さんは、副作用で病院食を召し上がれなかったため、主治医から許可をもらってご主人の差し入れを召し上がっていました。生まれ故郷の青森のリンゴが特に口当たりがよく、食が進むようでした。

 実習が終わる日、たか子さんは何やらワクワクされていました。
「ハロウィンの時期には、主治医のK先生(男性)がほうきに乗って魔法使いになってくるのよ」
 それを聞いて、私も一緒に待ちました。残念ながらその間には現れませんでしたが、消灯前に魔女に化けたK先生が訪問されたそうです。

ポケットにまん丸のリンゴ

 実習が終わり、病棟を後にする時、たか子さんにご挨拶に行くと、床頭台に大切にしまっていた青森のリンゴをポケットに忍ばせてくれました。

「患者さんから贈り物は受け取れない決まりで、お気持ちだけうれしく受け取ります」
 いったんはお断りしましたが、
「寝不足なのわかるわよ。リンゴを食べると元気になるから。2人だけのヒミツね」
 と言われ、お言葉に甘えて一ついただきました。ユニフォームのポケットにまん丸のリンゴを隠すのが大変でしたが、心はじわっと温かくなりました。

 授業で学んだ看護の現場での実践、技術……実習期間に求められるものはたくさんありました。しかし何よりも忘れがたいのは、「大切な○○さんを看護させていただく」という気持ちが原点だと教えられたことでした。
 今でも秋、特にリンゴの旬やハロウィンの時期を迎えると、たか子さんを思い出します。

上鵜瀬 麻有(かみうせ まゆ)

 2002年に看護師免許を取得。現在は千葉県の医療法人財団明理会新松戸中央総合病院のがん化学療法看護認定看護師として、患者さんの心身のケア、精神面のサポート、生活情報の提供などを行っている。
 このエッセイでは、これまでに出会った患者さんたちの物語や忘れえぬ場面、言葉などを看護師ならではの視点で描いていきます。なお個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。
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