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がん化学療法看護認定看護師 かみうせまゆの「忘れえぬ患者さんたち」
第2回 鍋のおいしい季節 味覚障害と抗がん薬治療

掲載日:2019年12月3日 12時44分

「病気が悪くなってもいいから、味覚が戻ってほしい」

 この季節になると、ある患者さんを思い出します。保育園の園児たちに囲まれながら、管理栄養士として活躍していたゆみ江さんです。

 ゆみ江さんは進行大腸がんでした。50代後半。ご主人とは数年前に死別し、一人息子は成人して別の世帯を持っていました。

 腫瘍内科医、ゆみ江さん、息子さんの面談で、腫瘍を小さくし手術を目指すために、術前補助化学療法(2種類の抗がん剤の併用で、2週間ごとに投与)を提案されました。治療日以外は今まで通り仕事を続けていこうという目標ができました。

 1カ月が過ぎたころ、ゆみ江さんが思い悩んだ様子で待合室にいます。静かな部屋へご案内し、「治療前に比べて表情が冴えないみたいだけど、何かあったのですか? よろしければお話を聞かせていただけませんか?」と声をかけました。

 すると、いつもは気丈に振る舞っていたゆみ江さんがボロボロと涙を流すのです。
「最近味がおかしくなってしまって、今まで通りにおいしい給食を作れなくなってしまいました。何を食べても砂のように感じて、私の自慢の味が分からない。病気が悪くなってもいいから、味覚が戻ってほしい」
 と切実に訴えました。


生活スタイルを考えて治療方針を決める

 がんの大きさやその性格によって、治癒を目指す、延命を目指す等の治療の目標が変わってきます。医師は一方的に治療を勧めることはせずに、患者さん・ご家族の病気に対する理解度、治療を受ける意思、患者さんが望む生活スタイルなどを考慮しながら、治療計画を立てます。

 ゆみ江さんのケースでは、主治医を含む多職種カンファレンスを提案し、関連職種のスタッフへ向けて、彼女の思いを伝え、どのような提案をするのがベストか話し合いました。その結果、まずは3カ月治療を続け、その後のCT検査の結果次第で、休薬するかどうかを検討することになりました。

 3カ月の治療期間は、がんサバイバー向けの食事のレシピ集や、同じような内容をスマホやタブレットで閲覧できるサイトを紹介しました。また、待合室や化学療法室で知り合ったサバイバー仲間と情報交換できる場を作り、ご自身が食べやすいと思う食事を検討していきました。
 3カ月後のCT検査では、治療が功を奏し腫瘍は小さくなっていました。あと数回抗がん剤を投与すれば、手術を目指せる状態になり、その旨がゆみ江さん親子に説明されました。


おいしい給食を子どもたちに届けられる

 抗がん剤治療を続け、手術を目指すか、休薬して味覚障害を改善させるか?

 ゆみ江さんが選択する時が来ました。すると、彼女は即座に「もしも今が手術するために大切な時期だとしても、私は天職である子どもたちに食事を作るという仕事を手放したくはありません」と主治医へ伝えました。

 その結果、しばらく休薬することになりました。その間は、4週間に一度の通院で体調を確認することになり、外来の待ち時間のタイミングを見て、私はゆみ江さんに会いに行きました。

 2カ月が過ぎたころ、彼女の表情は生き生きとしてきました。
「抗がん剤を休んで味覚が元に戻りました。治療中は同僚の計らいで、食材を切ったり、メニューを考えたりするくらいでした。今は、以前のようにおいしい給食を子ども達に届けることができています」
 と近況をお話ししてくださいました。
 吐き気だけでなく味覚障害は、「食」に関するQOL(生活の質)を低下させます。それは病と立ち向かうにあたり、大切な事柄だと実感しました。


息子一家と鍋を食べて考えたこと

 抗がん剤治療を約半年間休み、ゆみ江さんは望み通り、「子どもたちにおいしい給食を提供する」仕事を続けました。しかし、定期検査で、腫瘍が再び大きくなってきたため、再度抗がん剤治療が必要になりました。ゆみ江さんは再び、選択する時を迎えたのです。

 1週間後にゆみ江さんが持ってきた答えは、こうでした。
「おいしい鍋を息子一家と食べました。一緒にこれからのことを話しました。みんなから長生きしてほしいと言われ、自分ももっと家族や同僚や子どもたちと過ごしたいと思いました。治療を再開することを決めました」

 一人暮らしだったゆみ江さんは、息子さん一家が暮らす隣町に引っ越し、退職はせずに同じ職場で短時間勤務を続けていくことになりました。今後のことを考え、新しい住まいの近くの病院に転院し、治療の継続となりました。

 新しい病院への紹介状をお渡しする日、私は、主治医、受付スタッフらとともに、ゆみ江さんにご挨拶しました。晴れやかな表情が印象的でした。
 その後、治療を続けながら仕事を続けていらっしゃると、風の便りで伺いました。

<写真はイメージです>
上鵜瀬 麻有(かみうせ まゆ)

 2002年に看護師免許を取得。現在は千葉県の医療法人財団明理会新松戸中央総合病院のがん化学療法看護認定看護師として、患者さんの心身のケア、精神面のサポート、生活情報の提供などを行っている。
 このエッセイでは、これまでに出会った患者さんたちの物語や忘れえぬ場面、言葉などを看護師ならではの視点で描いていきます。なお個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。

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