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がん化学療法看護認定看護師 かみうせまゆの「忘れえぬ患者さんたち」
第5回 長距離ランナーTさんの楽しみ

掲載日:2020年2月12日 11時34分

元箱根駅伝強豪校の駅伝部に在籍していた同年代のコーチのマラソンチームで駅伝に参加

 お正月の箱根駅伝で活躍する大学の中に、私の地元の大学もあり、毎年、ついつい仕事の手を休めてテレビに見入ってしまいます。

 3月1日は東京マラソン。私も何年か応募し続けましたが、くじ運は強いほうとは言えません。でも、当日の雰囲気を味わうために、ボランティアで選手をサポートする立場で3年ほど参加した経験があります。

私も駅伝やマラソンをしていたんだよ

約5年前 大手生命保険会社の日本1週駅伝に参加した時

 前立腺腫瘍で外来通院治療をしていた60代半ばのTさんも、市民ランナーの1人です。
 いつもスタッフに対して明るく振る舞い、毎回カラフルなスポーツウェアを着て、トレイルラン用のリュックに受診に必要な最小限のものを入れて登場します。

 そんなTさんに、「いつも素敵なウェアを着ていますね。何かスポーツをされているんですか?」と伺ったことがありました。すると、

 「まぁね、初めてそんなこと聞かれたよ。あんた、看護師さんだよね。鈍くさそうだけど、走れるのかい?」

 と逆に質問にあいました。

 私は学生時代に少々短距離走をしていました。また、5年ほど前に大手保険会社が「がんサバイバーやその支援者」を募り、日本1周を駅伝で襷をつなぐというプロジェクトを開催することを知り、参加したことがあります。それを機に、毎朝少しだけ早起きして、走る習慣をつけました。

 すると、Tさんはうれしそうに言いました。
「若いころは私も駅伝やマラソンをしていたんだよ。今も調子いい時には走っているよ。だからこんな派手な格好をしているんだ。ナイスだろ?」


「まだまだ修行不足だな」

 Tさんに出会って、1年くらいしたころでしょうか。

「おい、まだマラソンは続けているか? サボったらすぐに走力は落ちるからな」と言われました。

 Tさんは抗がん剤の副作用で手足がしびれ、ホルモン剤による不調もあるようで、「元気な時だけ散歩かジョギングをすることにした」と話されていました。

 私は、Tさんの言葉を胸に、雨が強い日以外は出勤前のランニングを続け、たまに5~10キロの小さな記録会に参加してみました。地域のマラソンイベントは、たくさんの子どもやお年寄りが沿道で応援してくれて、おもてなしがとても温かく心に残ります。

 真夏の稲毛海浜公園(千葉市)のマラソン大会では、5キロ25分と私にとっては速く走れました。嬉しくてTさんに、「この間のマラソン大会で、キロ5分で走れました。運よく3位になりました」と喜んで報告しました。

 すると、「まだまだ修行不足だな、俺は若いころはキロ3分半くらいだったぞ。5キロ走るのなら、20分を切らないとね。また、どこかで走ってきたら、報告しろよ、な」とニヤリと笑ってくださいました。

夜明け前の始発列車を望みながら、朝のランニングをするのも気分が良いです


がんを忘れるくらい楽しい日

東京マラソンのスタート付近の選手誘導係、朝6時に集合です!! スタート前は厳戒態勢、ボランティアも持ち物制限あり。

 ある時Tさんが「最近、腰痛がつらいんだよね。まさか転移じゃないよね……」とぽつりと話されました。外来で主治医に、念のために検査をしてみようと言われた、と。

 検査の結果、腰椎に転移が見つかり、それによる圧迫骨折の腰痛であることがわかりました。幸い、脊髄を圧迫してでる症状は出ていない段階でした。
 骨転移の症状緩和、進行を止めることを自然に任せることは難しいですが、現代では手術療法や痛みを緩和するための放射線照射、骨の吸収(骨を壊すこと)を抑制する薬剤の治療も進んでいます。

 Tさんは抗がん剤治療に加えて、骨転移に対する治療を併用することになりました。痛みのコントロールに多少時間はかかりましたが、現在も治療を続けることができています。

 年明けに、ツイッターで拡散されていた投稿が心に残っています。
「がんサバイバーであっても、『がん』であることを忘れるくらい楽しい日があってもいいじゃないか。それが普通の世の中になってほしい」

 がん治療医かサバイバーのつぶやきだったと記憶しています。(出典が明確でなくてすみません!!)
 元気な時は散歩かジョギングをするというTさんもまた、がんを忘れる時間を大切にしているのでしょう。

 私たち看護師も、患者さんに接する際に、治療という観点からだけでなく、ひとりひとりの人生にまで目を向け、自然体の会話をして、安心できる環境づくりに努めたいと思っています。

上鵜瀬 麻有(かみうせ まゆ)

 2002年に看護師免許を取得。現在は千葉県の医療法人財団明理会新松戸中央総合病院のがん化学療法看護認定看護師として、患者さんの心身のケア、精神面のサポート、生活情報の提供などを行っている。
 このエッセイでは、これまでに出会った患者さんたちの物語や忘れえぬ場面、言葉などを看護師ならではの視点で描いていきます。なお個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。

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