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がん化学療法看護認定看護師 かみうせまゆの「忘れえぬ患者さんたち」
第6回 コックさんは大腸がんサバイバー

掲載日:2020年3月11日 8時45分

ふらりと入った行列のできる洋食店

 先日久しぶりに午後にお休みをもらい、「どこかおいしいランチを食べられるお店はないかな?」と、かつて東の渋谷と呼ばれたこともあるJR常磐線の柏駅で下車しました。  解放感から、気の向くままにふらりふらり。繁華街から2本ほど道を挟んだ住宅街に出ると、サラリーマンやOLが行列している洋食店が目に留まりました。

 レトロな外観は昭和の雰囲気が漂い、店の前には、手書きのメニューを書いた黒板が立てかけてあります。30分は待ったでしょうか。 「1名さん、お待ちどうさま」と、どこか見覚えのある女性が私を店内に呼び入れてくれました。私はカウンター席に座りました。店内はとても清潔です。

 キョロキョロしていると、いまどき珍しい、すべて壁に貼ってある短冊のお品書きが目に入りました。ナポリタン、カツカレー、オムライス、ハンバーグ定食などの王道から、おふくろの味ともいわれる煮物定食など、たくさんのメニューがあります。


手足のしびれがあるはずなのに……

「オムライスひとつ、サラダ付きでお願いします」と注文すると、「はい、オムライスとサラダね」と注文を復唱しながら、威勢よく作り始めた厨房の店主もまた、見覚えのある顔でした。 「どこでお会いした方だろう?」  よくよく考えると、月に1度通院治療されているFさんではありませんか!

 Fさんは70代男性で、大腸がんのサバイバーです。SOX療法+分子標的薬のアバスチン(ベバシズマブ)の治療を受けています。SOX療法とは、抗がん剤のティーエスワン(一般名S-1)とエルプラット(一般名オキサリプラチン)を組み合わせた療法です。  3つの薬のうち、ティーエスワンだけが錠剤で、あとは点滴です。

 Fさんは、抗がん剤の副作用で、手足のしびれ、痛み、むくみなどの手足症候群の症状が強く出ています。保湿などの支援をしても、手足のケアは1回が限度と言われ、症状はなかなか良くなりません。病院では、毎回疲れきって険しい顔をされているように感じていました。

 それなのに、こんな行列のお店でたくさんのお客さんに洋食を作っているとは!  しかも、週に5日、朝は10時から夜9時まで営業しています。これに、仕入れや仕込みの時間を考えると、相当な労働量です。


夫婦の素晴らしい一体感

 食事を待っている間、Hさんご夫婦の仕事に見入ってしまいました。 赤身肉の塊をトリミングし、筋きりをしているFさん。通院の際の弱々しさはなく、生き生きと店を切り盛りしています。腕利きのコックそのものです。プロフェッショナルとしての緊張感と、こだわりが伝わってきました。

 いつも病院に付き添ってくる奥さんは、阿吽の呼吸で出来上がったごちそうを運び、時に常連客と世間話をします。そのかたわらで、夫をサポートし、フライを揚げるのを手伝うなど、夫婦の素晴らしい一体感を感じました。



Fさんが思い出させてくれたケアの原点

 私はオムライスを頬張りながら、毎日関わる患者さんは、単に患者なのではなく、家族や地域の人々にとって大切な存在であることを再認識しました。  そして、Fさんがこれから先も、うまく病気と付き合いながら、大好きな洋食店の仕事をご家族と一緒に続けられるよう、引き続き外来でサポートをさせていただきたいと思ったのでした。  Fさん夫婦は私に気づいていないようでした。また来てみたいと思う、とてもおいしく幸せな時間を過ごすことができました。

 私は翌日から、日々の業務の合間に、次の外来日にFさん夫妻に渡せるように、口内炎対策と手足のケアに関する手書きのメモを作り始めました。  医師だけでなく、私たち看護師も、日々の多忙さに押されて、患者さんと心の底から向き合うことは、なかなかできません。  Fさんのお店訪問は、私に、看護師の、ケアの原点を思い出させてくれました。  また、“お忍び”でお昼を食べに行こうと思います。今度はコロッケ定食かな。

上鵜瀬 麻有(かみうせ まゆ)
 2002年に看護師免許を取得。現在は千葉県の医療法人財団明理会新松戸中央総合病院のがん化学療法看護認定看護師として、患者さんの心身のケア、精神面のサポート、生活情報の提供などを行っている。  このエッセイでは、これまでに出会った患者さんたちの物語や忘れえぬ場面、言葉などを看護師ならではの視点で描いていきます。なお個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。
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