転倒による二次災害も心配
静かな新年度ですね。休校やテレワークなどで、電車に乗っている人も少ないようです。 先日、外来診療のエリアに行くと、Aさんは映画鑑賞、Bさんは手袋・マスクをしっかりしてガーデニング、Cさんはお裁縫、Dさんは日曜大工と、趣味を上手に取り入れて日常生活、仕事、治療を両立されている方がたくさんいたことにびっくりしました。
人間は活動量が減ると、筋肉が減り、代謝も低下し、骨密度も減り、いざ外出の制限が解除された際に、転倒による骨折・頭の外傷などの二次障害を負う不安がよぎります。 サバイバーのみなさんの工夫を伺いながら、診察前の問診時、診察後、電話相談の際などの情報提供に活かしているところです。
患者さんからのギフト、それは突然に
そんな中で、私が手術後から関わらせていただいた消化器がんのGさんが、術後補助化学療法を終え、無事に定期受診(経過観察)に戻ることになりました。
Gさんは60代前半。介護福祉士の資格をお持ちで、現在は隣県の医療機関で、患者さんの送迎や営繕業務を中心にご活躍中です。 休日は、高齢者施設などで認知症予防体操などのボランティアをされている、とても温和な方です。かつて、大学教授と一緒に認知症予防体操を考案されたそうで、「こうやるんだよ」と、手の運動で脳を活性化させる体操を教えていただいたことがあります。
手術でがんを切除して、再発リスクを減らすために、約半年間の抗がん剤治療をすることになりました。抗がん剤の副作用でしびれが特に強くなる冬季を乗り越え、仕事・治療を両立されたとても強い心の持ち主です。
治療前の問診や診察後などに何度かお話を伺っているうちに、Gさんが、 「『がん』になって、手術から今に至るまでの間、時間がある際に小説家になって書き物をしています。よろしければ読んでみてください」 と、クリアファイルに入った冊子をバッグから取り出しました。『タクシードライバー奮闘記』。一話完結型の短編小説集です。
「これは、未公開作品だから誰にも見せちゃだめだよ。あなたが一番目の読者だよ」 ニッと笑った表情が印象的でした。その後も、外来に来られるたびに続編を持って来てくださいました。
読んでいるうちに心が温まる
Gさんの最終外来日、私は別の患者さんの臨時対応をしていました。診察時にお目にかかれず、次回の定期受診の際に会えればなと思っていたところ、受付カウンターで立っているGさんが視界に入りました。
やがて、会計を済ませて来たGさんが、「お話し中のところ、申し訳ありません。少しだけ失礼します」と断ってから、私に話しかけました。そして、「小説の続編です」と差し出されました。
全部で21話。Gさんは出版という夢を抱いているため、ネタバレはできませんが、タクシードライバーになりきって、人情噺を描いています。 1編1編のタイトルの内容は、「酔っ払いのお客さん」「ワンメーターにこだわるお客さん」「強面のお客さん」「海外のお客さん」「シニア世代の恋人のデート帰りのお客さん」「クリスマス時期のタクシー運転手のお仕事事情」「大きなペットをお連れのお客さん」など、実に多岐にわたります。
ハラハラさせられたり、ふふっとと笑ったり、思わぬ発見に驚いたり。タクシーの車内は、ある意味で社会の縮図だと実感しました。たまに、俳句などが盛り込まれていて、単に小説を読むだけでなく、勉強する機会にもなります。 何より、どの物語からも心温まるものを感じます。
そっと添えられていた手書きの手紙
本来なら、医療者は患者さんからの贈り物を受け取れない規則になっております。拝読してから返却しようと思いましたが、冊子とともにA5サイズの便箋に、「あなたとの出会いに感謝をこめてプレゼントです」と書かれた手紙が入っていました。
私はその日の退勤後、文房具店で製本用のファイルを買い、表紙を自分で作成し、私だけの『タクシードライバー奮闘記』を完成させました。いまは、昼休憩や通勤の際に1話ずつじっくりと読み進めています。
写真の緑のファイルが、21話分。その下に斜めに写っているのは、Gさんから「読んでください」と手渡された最新作(つまり22話目)のファイルです。本邦初公開です! 小説を書くことも後押ししたのでしょうか。Gさんは、体調を崩さずに仕事にも完全に復帰されています。
