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がん化学療法看護認定看護師 かみうせまゆの「忘れえぬ患者さんたち」
第11回 ~被災されたGさんの治療メモ~ 

掲載日:2020年7月31日 14時30分

ぽつりぽつりと話し始める

 ある日の午後、通院治療室(外来化学療法室)の当番医だったN先生から、私の医療用PHSに電話がかかってきました。

「当番、遅れてごめんね。これからそちらに向かいます。それと、今から臨時で、看護師さんの面談1件お願いできますか?」

 N先生の午前中最後の患者さんが、被災地から避難してきたGさんでした。
 予約外の受診。初診だったこと、避難で十分な検査データ等がなかったことで、診察時間が長引いたようです。

 しばらくすると、笑顔が印象的なGさんと、不安な様子がにじみ出ている奥様が、N先生の案内で通院治療室に来られました。

 N先生からは、「避難して間もないみたい。(当院に)腫瘍内科があることを知って、避難した時に携帯していたメモを持って来院したんだよ。抗がん剤は、A剤の予定で考えているよ」と情報提供がありました。

 面談室へご案内すると、Gさん夫妻はホッとした様子で、深呼吸されました。
 Gさんは50代。携帯電話と財布を持って着の身着のままで逃げてきて、東京の親戚の家に身を寄せていました。そんなことを、ぽつりぽつりと話されました。

 くしゃくしゃになったメモ用紙に鉛筆で細かく記されたメモを見せてくれました。
 病名は「胃がん」。
 メモからは、故郷の総合病院で、2次治療までされていたことが読み取れます。当面は診療再開が見込めず、今までの治療履歴や投薬内容を知る術はありませんでした。


今もヒノキの香りがしてきそうな 

 診断日、治療開始日、使った抗がん剤の名前や回数は分かったため、必要な諸検査を受けていただき、故郷に帰るまでの間、治療を引き継ぐことができました。

 Gさんはとても人懐っこい方です。病院でよく会う方と意気投合し、副作用に耐えながらも、笑顔を絶やすことがありません。普段は緊張で張りつめている治療室も、Gさんがいらっしゃる日は、学生寮のような明るい空間に様変わりしました。

 そんなGさんがある日、ふと暗い表情をされていました。

 業務がひと段落した時、私はGさんのベッドサイドに行き、「よろしければ、お話を伺わせていただけませんか?」と声をかけました。

 すると……Gさんはポケットから携帯電話を取り出し、写真を見せてくれました。広大な土地に建つ日本建築の新築住宅でした。今にもヒノキの香りがしてきそうなくらい、ふんだんに木材が使われている立派なお屋敷です。

 これから、新しい生活を始めようとしていた矢先に、被災で夢のマイホームと離れ離れになってしまったのです。

 私は、Gさんの目を見てお話を伺うことしかできませんでした。苦しさを察することはできても、どんな胸中なのかはご本人にしかわからない、と実感する瞬間でした。

 がん治療では、手術、抗がん剤の種類や投与量、放射線照射の有無など、今まで受けた治療の情報がとても大切になります。治療による臓器障害、心身のダメージを最小限にするためにも、転院は慎重に計画する必要があります。
 Gさんの場合は、くしゃくしゃのメモがあったことで救われました。

 電子カルテが普及し、情報共有ツールも進化していますが、災害など未曽有の状況下では、患者・家族からの情報はとても大切です。

 日頃より、お薬手帳や診察カード、「既往歴、治療中の病歴、使用している薬剤名、治療歴、アレルギーの有無」などを記したメモを携帯していると、もしもの時に担当する医療者のヒントになります。さらには、患者さん本人の命をつなぐ大切な情報ともなるのです。

Gさんが避難した際、唯一持っていた治療メモ(個人情報が特定されぬよう、一部改変し再現)


上鵜瀬 麻有(かみうせ まゆ)

 2002年に看護師免許を取得。がん化学療法看護認定看護師として、患者さんの心身のケア、精神面のサポート、生活情報の提供などを行っている。2020年6月より公益財団法人日本対がん協会に所属。
 このエッセイでは、これまでに出会った患者さんたちの物語や忘れえぬ場面、言葉などを看護師ならではの視点で描いていきます。なお個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。

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