病室からカルガモの親子を撮影
年明けから新型コロナウイルス一色の日が続いています。日常生活、仕事、通学、イベントなどから病院における面会の制限まで。さまざまな制約のなかで、気づくと今年も半年が過ぎています。
ふと自然界を見渡せば、梅雨の季節ですね。田植えを終え、風になびく苗を見ると、心が癒やされます。病院近くの水田は、いつの頃からかカルガモ親子の生活拠点になることもあり、病室から本格的なカメラでその光景を撮影している患者さんもいらっしゃいます。
5月上旬、部屋を掃除していたら、婦人科病棟で担当していたI子さんの息子さんに作ってもらった、グラフィック文字のキャップが出てきました。
I子さんは子宮肉腫という悪性腫瘍で抗がん剤治療を受けていました。副作用の関係で、抗がん剤治療期間は入院して治療を行っていました。
一家には、結婚間近の娘さんと、ふたりの息子さんがいました。末っ子のサブロウくんは、路上ダンサーでもしているのだろうか、と思うような流行りの服装に、耳にはきらきら光るピアスをたくさんつけ、髪はおしゃれに剃りこみを入れ、眉毛もきれいに整えて、軽快な足取りで面会に来ていました。
世界に一つだけ
18時半過ぎになると、ご主人、仕事帰りの娘さんと長男さん、そしてサブロウくんを交えた一家5人の団らんが始まります。スタッフは、できるだけ、家族の時間を大切にしたいと考え、毎日18時半までには身の回りのことや処置を終わらせて、ご家族が来られるのを待っていました。
いっしょにテレビを見たり、音楽を鑑賞したり、その日の出来事を話し合ったりしている様子が垣間見えて、とても温かな気分になりました。
日中は、顔なじみの患者さんのベッドサイドに行き、励ましたり、談笑したりして、笑顔のたえない元気なI子さんでしたが、家族といる時間は、一家を見守るお母さんの顔に戻っています。
ある日の夜勤で、就寝前に飲む薬を渡しに部屋を訪問すると、サブロウくんがスポーツキャップにペイントマーカーで見慣れないデザイン文字と絵を描いていました。ものの10分で、サラサラっと素敵なオリジナルキャップが完成しました。
「わぁー、すごいですね。この帽子、たくさん作ってどちらに行くんですか?」と、サブロウくんに聞いてみました。
すると、「これはグラフィック文字といって、書き方にコツがあるんですよ。文字を描いて、お客さんの趣味のイメージや似顔絵などを加えて、世界に一つだけの帽子を作っています。普段は、アーティストが集まる路上販売のイベントなどで出店しています。声がかかれば東京近郊ならどこにでも行っています。看護師さんも、ひとついかがですか?」といろいろ教えてくれました。
8時から19時までの変則勤務だった私は、一通り申し送りを終え、I子さんの病室を再びノックをしました。一家の了承を得て、サブロウくんの帽子を見に行ったのです。病室は、渋谷や原宿などの露店に早変わりしていました。おしゃれな布の上には、20もの個性あふれるオリジナル帽子が並んでいます。

サブロウくん、どんな絵を描いてくれるのだろう?
気づけば、私もサブロウくんのお客さんになっていました。7色の中から好きな色を選ぶと、趣味と名前を聞かれ、「最後に数分だけ顔を見せて」と言われました。「3日くらいすれば渡せると思うよ、お客さんありがとう!」とサブロウくんはにっこり。
休日の外出に連れて行こう
病棟看護師の勤務形態は、病院によって様々で、3交替制、2交替制、変則2交代制などがあります。私は変則2交代制で病棟勤務をしていたため、日勤→長い日勤→夜勤→休みを繰り返していました。
次の日勤の終わり、偶然サブロウくんが面会に来る時間と、私の帰宅時間がいっしょになりました。「まゆさん、商品ができました」とひと気の少なくなったデイルームで、リュックから、世界に一つだけの帽子を手渡されました。
そこには、事前に聞かれた趣味から、海や南国を思わせる画、そしてMAYUというグラフィック文字、とても可愛く描いてくれたサブロウくんのイラストがぎゅっと詰まっていました。「材料費だけでいいから」と言って、彼はI子さんのもとへ飛んで行きました。
例年、紫外線の強い日の帽子は、その日の気分で選んでいますが、今年は遠出が難しいことが予想されます。休日の外出に、久しぶりにサブロウくんの帽子を連れて行こうと思っています。

サブロウくんに作ってもらった、世界に一つだけの大切なオリジナル帽子。