垣添忠生 全国縦断 がんサバイバー支援ウォーク

一言ブログ

  • 2018年2月17日~19日

    痛切に感じた「若者の命」


    ●2月17日 渡船で尾道へ
     生口島のペンション(!)を出て、瀬戸内の光景を満喫しながら、因島を通り、向島から渡船で尾道へ。尾道は、年末に「がんサバイバー・クラブ」で対談させていただいた映画作家・大林宣彦さんの故郷で、「尾道三部作」でも知られる街です。海から入ると、感慨もひとしおです。
    渡船のりばに、「乳腺疾患患者の会 のぞみの会」のみなさんが出迎えに来てくれました。会長の浜中和子さんもサバイバーです。その後、浜中さん、地元で緩和ケアや地域医療に取り組む片山壽(ひさし)先生とお話しました。

    ●2月18日 猿も歩いています!
     今日は、主に国道2号をひたすら歩き、一部新幹線の力も借りて、広島へ。とても天気がよく、猿もウォークしていました! 広島に着くと、久しぶりの大都会。明日は、広島東洋カープの本拠地、マツダスタジアムを回ってから、15日以来の病院訪問です。

    ●2月19日 和顔愛語
     今朝は、日本対がん協会の広島県支部(公益財団法人「広島県地域保健医療推進機構」)のメンバー3人と、呉市の呉医療センター・中国がんセンターを目指しました。約26キロの道のりです。
    途中、江田島が視界に入ってきました。戦前は海軍兵学校があった島。呉市に入ると、大和ミュージアムが見えてきます。戦艦大和は、軍港や海軍工廠の街として栄えた呉で建造されました。戦前、戦争や結核で理不尽に奪われた若者の命のことを、痛切に思いました。今は、結核よりも、がんですね。


    中国がんセンターでは、院長の谷山清己先生にもお会いしました。病院の経営理念は「相手の心情に寄り添う愛のある医療を笑顔で実践します」(「和顔愛語」)。相談支援センターのスタッフがとても熱心なことなどから、それを肌で感じました。


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  • 2018年2月16日

    これだけの橋が造れるのだから……


     愛媛県の今治と広島県の尾道をつなぐ、瀬戸内しまなみ海道。今日は午前7時30分に大島の旅館を出発し、大小いくつもの島々を見ながら、尾道を目指して歩きました。村上海賊ゆかりの大島。伯方(はかた)の塩で知られる伯方島。日本総鎮守の号を持つ大山祇(おおやまづみ)神社があり、神の島とも呼ばれる大三島。広島県に入り、レモン、みかんなどの生産が盛んな生口(いくち)島。
     お天気も良く、来島海峡の激しい潮の流れを聞いたりしながら約30キロ歩きました。ランチは新鮮な刺身(クエっぽい)の盛り合わせです。
     感服したのは、島と島を結ぶ橋。来島海峡大橋、伯方・大島大橋、大三島橋、多々羅大橋。どの橋も、近代科学の粋を尽くしたという印象を受けました。そして、ハッとしました。「これだけの橋が造れる人間が、がんという身近な病気に対する理解が不十分で、サバイバーを孤立させたり、ときに差別したりする状況は、絶対に変えなければならない!」。このウォークの原点です。


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  • 2018年2月15日

    患者第一主義!


     今日は午前10時前にJR予讃線北伊予駅で、日本対がん協会愛媛県支部(公益財団法人・愛媛県総合保健協会)のお二人と合流。四国がんセンターまで約10キロを一緒に歩きました。二人は検診を訴えるオリジナルの黄色ジャンパーを着用しており、当方のシンボルカラーの緑と合わせて、大変目立ちました。
     連日の病院訪問。昨日に続き大歓迎を受けました! いつも通り、がんサバイバー支援を訴えました。
     四国がんセンターは、ボランティア活動が盛んで、カフェやサロンも新しくなっていました。本館の横に「患者・家族総合支援センター 暖だん」があります。2013年の開設で、就労や生活のことを相談できたり、サロンで語り合えたり。たくさんの本もそろえています。「だんだん」は愛媛の方言で「ありがとう」。愛称を公募したそうです。
     四国がんセンターは患者第一主義が鮮明で、とても良い雰囲気でした。
     雨が降ってきたので、松山駅から波止浜(はしはま)駅まで鉄道で移動し、そこからは、瀬戸内海にかかる来島海峡大橋の写真を撮るために歩きました。写真はインスタで。

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  • 2018年2月14日

    声を出さないと、世の中も政治も動かない!



     今日は、朝一番で大分県立病院へ。
     ご覧の横断幕です。病院スタッフ、患者さん、リレー・フォー・ライフ大分、日本対がん協会大分県支部(公益財団法人「大分県地域保健支援センター」)のメンバーなど、100人以上の方が大歓迎してくださいました。ありがとうございました!
     私の左隣に立つ背広姿の方は、高田三千尋さん(血液内科医で、大分記念病院名誉理事長)。対がん協会の評議員でもある坂下千瑞子・東京医科歯科大学病院助教のお父さんです。「2つの法律(がん対策基本法とがん登録推進法)はできたけれど、セカンドオピニオンなど、患者の視点からはまだ欠けていることがありますね。こういう活動を通じて訴えていくことは大切です」とおっしゃっていました。私がみなさんに、「声を出さないと、世の中も政治も動きません!」と呼びかけると、全員が賛同してくれました。
     快晴で、気分爽快です。5、6人の方たちと1時間半ぐらい歩いて大分駅へ。フェリーに乗ってのんびりと、四国は愛媛県八幡浜へ渡りました。船内で、病院でいただいたバレンタインのチョコレートをパチリ。インスタに上げました。

  • 2018年2月10日 ~ 2月13日

    大腸がんサバイバーの女性にマッサージを受けて

     三連休、みなさんはどのようにお過ごしでしたか? この間の一言をアップします。


    ●2月10日 ランチは豆大福
     一日中雨。歩くのがつらかったです。筑後川などの景色は素敵なのですが、写真も数枚しか撮れませんでした。ランチも、レストランがなく豆大福のみ。人生ままならないですなあ。午後3時半ごろ、早めに宿に到着しました。
     前日の晩に受けたマッサージで、筋肉痛は少し解消されました。担当してくれた方は、大腸がんステージ4の60代の女性。とても圧の弱い施術を受けながら、改めて就労のひとつのあり方を思いました。サバイバーの方たちが、それぞれの状況に応じた働き方ができることが大切だと痛感します。チップを差し上げてお接待です。

    ●2月11日 乳がんの店員さん
     7時30分、大分県日田市の玖珠川沿いに広がる天ケ瀬温泉のホテルを出発しました。
     雪で、しかも強風です。極寒で指がジンジンします。昨晩ドライヤーで手袋を乾かしておいてよかった! また東京医科歯科大付属病院の元院長で、現在は「医療法人秀和会 秀和総合病院」の理事長を務められている坂本徹先生に勧められた鎮痛剤で筋肉痛も和らいでいます。坂本先生、ありがとうございます。
     道に迷いルート変更になりましたが、とてもよい景色を楽しめました。玖珠川の両岸に断崖絶壁がそそり立つ紅葉の名所、九酔渓。その展望所では、乳がんに罹患した店員さんが、私のジャンパーを見て声をかけてくれました。
     展望所でトロロご飯をいただき、歩行者専用の九重夢大吊橋を渡りました。一大パノラマです。九重町の旅館に宿泊。夕食はキジ、鯉こく、馬刺し、ヤマメの塩焼きなど山里料理を堪能しました。



    ●2月12日 湯布院でほっと一息
     本日の目的地、湯布院町まで続く「やまなみハイウェイ」は凍結していて危険なため、今朝は最寄駅までタクシー、その後は久大本線に乗りました。車内は暖かく快適です。歩くと一日かかる道のりもあっという間。12時には湯布院の老舗旅館にチェックインし、部屋の準備が整うまでコーヒーを飲みながらゆっくり寛ぎました。まるで天国にいるようです。
     友人ともお話しできて、エネルギーをチャージしました!
     外は雪。旅館近くの金鱗湖の雪景色をインスタに上げました。

    ●2月13日 予行演習で歩きました
     本日も路面凍結のため、大分まで鉄道で移動しました。13時にホテルに到着。別府湾に面している大分市では、雪も溶けています。
     明日は大分県立病院へ。連日歩いていないので、予行練習として、4キロ先の病院まで片道1時間かけて歩いてきました。佐賀県医療センター好生館以来、1週間ぶりの病院訪問。がんをめぐる話はもちろんのこと、九州横断のよもやま話もできそうです。出会いが楽しみです。

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  • 2018年2月9日 

    ケータイをタオルでくるんで


     昨晩マッサージを受けたのに、今朝は全身筋肉痛。今がいちばんきつい時期で、体重も3キロぐらい減った感じです。少しすると体が慣れてくるでしょう。
     次なる訪問地の大分県立病院を目指して、国道210号を東へ。1日30キロほど進む九州横断です。午前中は指先がジンジンしましたが、午後は陽射しに春の力を感じました。軽装にしようと一息入れていると、一羽のタテハチョウがひらり。冬眠から目覚めたみたいです。昆虫好きの私には、うれしい一コマでした。
     今日の裏ワザは携帯電話をタオルでくるんだこと。スタッフに教えてもらったのですが、なるほど、バッテリーの持ち時間が違います。
     応援メッセージ(このサイトでご紹介しています)、インスタへのコメント、ありがとうございます。みなさんと一緒に歩いている気持ちになります!
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  • 2018年2月8日 16:26

    日焼け止めクリームを塗りました


    朝は寒かったですが、午後は汗ばむぐらいの暖かさでした。佐賀平野を流れるいくつものクリーク(水路)、九州一の大河の筑後川沿いなどを、ひたすら24キロも歩きました。
    片手にのぼり、片手にストック。のぼりの「がんサバイバーを支援しよう」の文字が目に留まったのでしょう、若い男性のサイクリストが「がんばってください!」と温かい声援を送ってくださいました。私もにっこり笑い返しました。
     日焼け止めクリームを2回塗りましたが、顔は赤くなっています。76歳の男だって、お肌の手入れは大切です(笑)。これからマッサージで体をほぐします!
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  • 2018年2月7日 15:00

    人の情けを感じています


     今日は八女茶で知られる八女市を出て、佐賀県医療センター好生館へ。朝、宿を出発したときは雪で、気温も氷点下でした。徐々に晴れてきましたが、雪がちらつき、手袋に包んだ指先が冷たかったです。
     筑後川にかかる橋で小休止して、佐賀県に入るころには晴天に。佐賀県医療センター好生館は、佐賀市の中心部、県庁や県立美術館、佐賀大学の近くにあります。到着してびっくり。職員、患者会、リレー・フォー・ライフ・ジャパン佐賀実行委員会のみなさんら総勢約80人で歓迎してくれました。白地に「がんサバイバー支援ウォーク」などと書かれた垂れ幕も見えます。意見交換会を行い、個人の方からご寄付までいただきました。ありがとうございます。
    「人の情けって健在だなあ」。ここ数日、そんなことを感じています。今日の歩行距離は約30キロ。私は元気です!
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  • 2018年2月6日 13:27

    うれしかったトラックの運転手さんの励まし


     鹿児島本線に乗る前のことです。国道3号の上りは雪のためか、大渋滞。ゆっくり歩いていると、「がんサバイバーを支援しよう」ののぼりを見つけたトラックの運転手さんが、わざわざ窓を開けて「がんばってください!」と声をかけてくれました。ご自身の周囲にサバイバーがいらっしゃるのでしょうか。とてもうれしかったです。励まし、ありがとうございました。
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    写真は支援者様よりご提供いただきました
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  • 2018年2月5日

    九州がんセンターから一歩を踏み出しました


     博多のホテルから2時間歩いて、午前9時に福岡市南区の九州がんセンターに到着。藤也寸志院長、日本医師会の横倉義武会長らと懇談し、地元のサバイバーのお話も伺えた。ここから、札幌まで「がんサバイバー支援ウォーク」が始まる。内ポケットには、約10年前に肺がんで亡くなった妻の写真。
     10時半過ぎに九州がんセンターを出発。自分の体を賭して歩き、サバイバー支援を訴えたい。今日の福岡は最高気温3.1度。ときどき雪が舞う。でも、7つ道具があるから大丈夫。一緒に歩くリレー・フォー・ライフの仲間らの思いも集まって、気持ちは暖かい。
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  • 2018年2月2日

    がんサバイバー支援ウォーク実施のお知らせ


    日本対がん協会会長 垣添忠生は2月5日に福岡:九州がんセンターからスタートし、全国がんセンター協議会加盟の32病院、総移動距離約3,500kmの道のりを歩く「全国縦断ウォーク」を実施してがん患者支援を訴えることを決意しました。76歳にして大いなる挑戦です。日本対がん協会・がんサバイバー・クラブのサポートのもと、全国のサバイバーにエールを送りつつ、日本国民にがんサバイバーの支援を呼びかけます。

マスコミ紹介

今後の予定

※記載された訪問日時は目安になります。状況により予告なく変更される可能性がございますので、何卒ご了承ください。

がんサバイバー支援ウォークとは

 はじめまして。垣添忠生です。国立がんセンターの総長を経て、現在は公益財団法人「日本対がん協会」会長としてがんサバイバーの支援をしています。

 日本には約700万人のがんサバイバーがいるのをご存知でしょうか。日本人の2人に1人が、生涯のうちにがんと診断されるともいわれています。医学の進歩により、いまや「がん=死」ということはありません。がんは長く付き合い、向き合っていく病です。しかしながら社会のサポート体制は十分とは言えず、がんと診断された方の中には、強い孤独感や疎外感を感じ、孤立される方も多くいらっしゃいます。就労問題や心のケアなど支援の体制はまだまだ整ってはいません。がんサバイバーは自分の気持ちを安心して打ち明けられる仲間を求めますが、お住まいの場所や、がんの種類・進行状況、経済的な事情などによって、向き合う課題や悩みは様々です。

私はがんの専門医として、数多くの患者を診てきました。自分自身も大腸がんと腎臓がんを患いましたが、早期に発見できたので大事に至りませんでした。しかし私は10年前に妻をがんで亡くした経験があります。覚悟はしていたものの、精神的衝撃は想像をはるかに超えていました。40年間互いに助け合い励ましあってきた病弱な妻を喪った苦痛はすさまじいものでした。悲しみから立ち直るために新たにまったく未体験のことも始めました。居合道、本格的な登山、時には雪山までも挑戦しました。自ら「グリーフワーク」を積極的に実践し、その際はいつも仲間に助けられました。

 2017年6月、日本対がん協会では「がんサバイバー・クラブ」という事業を立ち上げました。公式サイトでは、がん患者の「治りたい」「普通の生活がしたい」に寄り添い、「支えたい」を実現する情報を提供しています。「がん関連注目ニュース」は、平日ほぼ毎朝更新し、信頼できる情報の発信を行なっています。また「必要としている方の一番近くにある患者会をご紹介したい」という気持ちで、全国の患者会情報などを提供しています。新たに、社会保険労務士による「がんと就労」電話相談を実施したり、定期的に交流イベント「がんサバイバーカフェ」を開催してきました。

 しかし残念ながら、すべてのがんサバイバーの方々を支援するまでには至っていません。そこで今回、サイト内に新たに「がんサバイバーnet(仮)」を設置します。これは、利用者がいつでも、どこでも、オンライン上でつながり、リアルタイムで交流できる「場」です。全国のサバイバーをつなぐことで、一人で悩み、苦しむ人を救いたいと私たちは考えています。会員専用のコミュニティとし、ご利用される方には、安心してご利用いただけるようにしたいと考えています。「がんサバイバーnet(仮)」の作成のための クラウドファンディングを始めました。ぜひご支援ください。


 76歳の挑戦!資金集め&全国のがんサバイバー支援呼びかけのために・・・
私は、今回「がんサバイバーnet(仮)」を構築する資金の一部を募り、また全国のサバイバー支援を呼びかけるため、総移動距離約3,500kmを延べ90日間かけて歩く、76歳の挑戦を決意しました。

 全国がんセンター協議会加盟の32病院を訪ね、できる限りサバイバーと会って、語り合います。彼らのニーズを探り、「がんサバイバーnet(仮)」に反映します。総移動距離3,500kmを歩くことは容易ではありませんが、不安より期待で胸が高まっています。昨年は、がんで亡くした妻に感謝、慰霊をする四国88ケ所のお遍路巡りを達成しました。今回は、全国のサバイバーを巡るお遍路です。がんサバイバー・クラブの活動を知ってもらい、多くのサバイバーを支えることにもつなげたいと意気込んでおります。

 最後までお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

【垣添忠生】(かきぞえただお)プロフィール 
1941年大阪生まれ、1967年東京大学医 学部医学科卒業。泌尿器科を専攻し、1975年より国立がんセンター泌尿器科 医員。1992年中央病院長。2002年国立がんセンター総長。2007年定年退職し、現在は公益財団法人日本対がん協会会長。高松宮妃癌研究基金学術賞、日本医師会医学賞、瑞宝重光章などを受賞。著書に『妻を看取る日』(新潮社)、『悲しみの中にいるあなたへの処方箋』(新潮社)、『巡礼日記-亡き妻と歩いた600キロ』(中央公論新社)など

7つ道具

  • のぼり

    1のぼり

  • のぼり

    2ジャンパー

  • リュック

    3リュック

  • 手袋

    4手袋

  • ストック

    5ストック

  • 靴

    6

  • 帽子

    7帽子

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