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がん医療50年 佐々木常雄の『灯をかかげながら』第1回 コスモスがあなたを待っている

掲載日:2019年9月25日 13時56分

想定外のCT検査結果

 Bさん(63歳女性)は都心から1時間半ほどの郊外にひとりで住んでいました。大腸がんが見つかって、都内の病院で手術をし、肝転移があって、同じ病院に通院、治療のための入院を繰り返していました。

今回は5回目の入院治療でした。抗がん剤の副作用で白血球数が減り、発熱と下痢があって、入院が長くなりましたが、幸い1か月経って、白血球は回復しました。担当医がワゴン車に電子カルテを載せて来て、退院前のCT検査結果を病室で説明してくれました。しかしその結果は、想定外のものでした。

 肝臓に転移したがんと思われる影は、素人目にも、大きな塊となって、たくさんあるのが分かりました。
これまで、肝臓の小さい転移は、針を刺してラジオ波で焼いてきました。今度のCTでは、がんが大きくなっていて、化学療法の効果はなく、もうラジオ波でも焼き殺せないという説明でした。抗がん剤は数種類行ったし、今回の入院では、強力な化学療法だったのですが、その副作用で、熱を出し、何日もつらい思いをして、その結果がこれだったのです。

 担当医は「内服の治療だけど、以前、効いた人がいたので、これからは外来で、その薬でやってみましょうか?」、そう言ってくれました。

 Bさんは、今度は飲み薬で、そんなに期待できないかも知れない。期待しても副作用だけで、結局がっかりするだけのような気がしました。

私の人生、なんの意味もなかったのか?

写真=NPO法人癒し憩いネットワーク提供

 その夜は、がっくりして、気持ちは落ち込み、夕食をほとんど残しました。

 Bさんは考えました。{子どもを育て、生活のために、それなりに頑張って生きてきたけど、大して世の中に役立つこともなかった。そして、これからももう役立つこともないと思う。私の人生はなんの意味もなかったのではないか。私はがんの末期で、もう、人生になにも期待できないし、希望もなくなった。家に帰ったって、誰も待っているわけでもないし、このままいいこともなく、死んでいくのだろうか?}

 翌日、都心のマンションに暮らす息子が見舞いに来てくれました。

息子「実家に行ってみたけど、変わらなかったよ。この間の台風でも大丈夫だったみたい。1時間くらい窓を開けて空気を入れ替えてきたよ」

Bさん「実はさぁ、昨日、CT検査の結果で、今回の抗がん剤が効いていないって、先生から説明されたの。肝転移が大きくて、もう、ラジオ波も出来ないって」

息子「うん、そうか。母さん元気ないと思った……。母さん、庭のコスモスがたくさん咲いて、母さんを待っているよ」

 そう言って帰っていきました。

いつものカラスも飛んできた

写真=NPO法人癒し憩いネットワーク提供

 そのあとで、窓の外を眺めながら、息子の言った言葉を繰り返していました。
{コスモスが待っている? そんな気休めを言ったって……。コスモスは植物よ。待つわけがないじゃない。馬鹿だね}

 2日後、次回の外来から内服の抗がん剤を処方してもらうことにして、退院しました。息子は仕事が忙しいらしく、ひとりでの退院でした。

 久しぶりに家に帰って庭を見ました。狭い庭だが、一面にコスモスが咲いています。庭に降りて、林立したコスモスの中に入ってみました。可憐なコスモス、いやいや、中には茎の太い、去年はなかった逞しい、Bさんの身長よりももっと高いコスモスが、たくさん咲いていました。

{ほんとだ! コスモスが私を待っていてくれたのだ。コスモスが、私に見て欲しいと、見てもらうのを期待していたのだ!}
 庭の端の桜の木の、いつもの枝に、カラスが2羽飛んできました。入院前と同じ、いつものカラスに間違いないと思いました。
{カラスも待っていたのだ。人生はまだ、私を見捨てていないのかもしれない}

 Bさんは声を出して、「内服の抗がん剤、効くかどうか分からないけど、飲んでみるか!」とひとりごとを言いました。
 すると隣の奥さんが気が付いて、「帰ったのね!」と声をかけてくれました。

シリーズ「灯をかかげながら」 ~都立駒込病院名誉院長 佐々木常雄~

がん医療に携わって50年、佐々木常雄・都立駒込病院名誉院長の長年の臨床経験をもとにしたエッセイを随時掲載していきます。なお、個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。


写真=NPO法人癒し憩いネットワーク提供

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