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他ならぬ、自分たちの死 ~医師・僧侶 田中雅博先生と奥さん~

掲載日:2019年11月18日 16時03分

看取りのスペシャリストのすい臓がん

 昔、同じ時期に国立がんセンター内科に勤務したはずなのですが、直接は田中雅博先生を私は知りません。
 田中先生は、住職をされながら診療所で診療をされていました。緩和医療、看取りも行ってこられました。終末期の患者さんの、死の不安を遠ざけ、安寧に生きられるようにする。

 「看取りのスペシャリスト」だったと思います。なにかにつけ心乱れている私は、ネットや雑誌で田中先生を見て、とても羨ましく思っていました。
 先日、NHK BS1で、たまたま田中先生のドキュメントを見ました。田中先生がすい臓がんと闘い、2017年3月に70歳で亡くなるまで、いや、骨となってしまった彼までをもレポートしていました。

 彼が末期のすい臓がんの診断を受けた後、許可を得て、闘いの日々を、究極の理想の死を記録しようとしたのだそうです。記録は最終的に、450日に上りました。
 田中先生は科学的に根拠のある抗がん剤治療を受け、闘い、奥さんは一生懸命にサポートされました。意識状態がはっきりしている時に、彼が決めたのはDNR(いざとなった時は蘇生術はしない)でした。

 彼自身が医師・僧侶であり、奥さんも麻酔科の医師で僧侶、娘さんも医師のご一家です。がんの終末期を安寧に平穏に過ごすには、恵まれた、これ以上の環境はないように思われました。彼は「生きることの執着を捨てる」ことが出来たようでした。私は、間違いなく平穏な死を迎えると思いました。


どうしても、生きていてほしかった

 しかし、その後の展開は予想とは違っていました。
 田中先生には妄想のような症状が出てきました。奥さんの悩み、生きて欲しい気持ちがひしひしと伝わってきました。
 そして、最後に心停止した時に、DNRと言っていたのに、奥さんが「心臓に注射をした、心マッサージもしました」と言われるのです。がんの終末の最期で、今ではほとんど行われない蘇生術を試みたのです。

 心から、夫に生きていて欲しかった、どうしても生きていて欲しかったのだと思います。
奥さんは田中さんが亡くなっても、火葬する、骨を拾う、そのようなことは出来ませんでした。火葬場に向かう車を泣きながら見送ったのです。

 私は、このドキュメントを見て、奥さんは僧侶であり、医師であり、でも、それでもその前に人間だということにとても感動しました。
 奥さんも田中さんと一緒に、これまで終末期のたくさんの患者さんに共感し、親身になって診療し、看取って来られたと思います。

 患者さんが安寧な様子で、あの世に行って、家族も納得されて……医師として、僧侶としての役割を十分に果たせたとしても、一緒に涙したとしても、それでも他人の死なのです。
「奥さんにとって、夫の死、身内の死は、自分たちの死であり、それでは済まされなかったのだ」
と私は思いました。

キューブラー・ロスの最期

 私はテレビを見ながら、1万人を看取った、キリスト教徒の米国の精神科医、キューブラー・ロスのことを思い出していました。死の受容などについて描いた彼女の世界的なベストセラー『死ぬ瞬間』は、看取りに携わる人々にとって、バイブルのようになっています。

 しかし、死を看取る達人のキューブラー・ロスは、自分自身の死が近づいた時に、けっして穏やかに過ごせませんでした。他人の死をたくさん見つめても、聖人のように死ねるわけではなかったのです。

 しかし、このことは、けっしてキューブラー・ロスの功績を削いでしまうことではありません。
 1万人を看取っても、それはすべてが他人の死であり、自分の死とはまったく違うという、死をめぐる本質を示しているのです。

 死に対して百戦錬磨の奥さんでも、夫の死には大きく心を乱されたのでした。どんな死でも、死は悲しい。そして、必ずしも平穏な死が良いわけではない。愛する者の死、身内の死は、特別なものです。

 ドキュメントの映像から、田中先生ご自身、そして奥さんには身内の、終末期の心の葛藤を、隠すことのない真の人間を見させていただいた。そう思いました。
 私は仏教をよくは知らないのですが、「飾ることのない田中先生と奥さんは、生きた菩薩さまよりも、生きた如来さまなのだ」、そう確信しました。

シリーズ「灯をかかげながら」 ~都立駒込病院名誉院長 佐々木常雄~

がん医療に携わって50年、佐々木常雄・都立駒込病院名誉院長の長年の臨床経験をもとにしたエッセイを随時掲載していきます。なお、個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。

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