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第36回 キグチ、救急車で運ばれる! ……の、その前に 〜怒涛の救急隊〜木口マリの「がんのココロ」

掲載日:2020年1月29日 17時59分

 我々に最も身近な正義の味方、それは救急隊。
 電話をかければどこからともなく現れて、あなたのピンチを救ってくれる。

 しかも人間。
 そして公務員。

 私が「助けて! 救急たーーーい!!」とおたけびを上げたのは、術後合併症でひどい腸閉塞になってしまったときのこと。死ぬほどの激痛のうえ、家には一人で助けてくれる人が誰もいないという状況でした。

 それでも、今でも脳裏に残っているのは、苦痛よりも救急隊とのやりとり。視界が定まらないほどの痛みのため、失礼ながら隊員さんの顔などはまったく記憶にないのだけれど、「なかなか面白いものを見た」と、思った覚えがあります。 

玄関を開けるのも「確認」! 家に入るのも「確認」!

時は年末。とにかくものすごく寒かった! 救急隊も大変です。

 時間が経つごとに強烈になる痛み。「これはヤバイ」と直感し、やっとの思いで電話したダイヤル119番。「あとはきっと、ドヤドヤと救急隊がやってきて、ワサワサと連れ出してくれるに違いない……」

「ピンポ〜ン」

 数分後に鳴り響いたのは、何とも平穏なドアベルの音。緊急時の日常的な音というのは、非常に間の抜けたものがあります。

「ええっ! まさか救急隊じゃないよな」と思いつつ、インターホンの映像を見ると、どうやら救急隊の3人衆。返答を待って、じっと立っておられる。私はやっとのことで「あ、開いています」と答えたのでした。

 ここから救急隊、怒涛の「御確認」スタート!!

 玄関を開けるのに、
「入っていいですか、入りますよ! 入りますよ!」

 家に上がるのに、
「上がりますよ! 救急隊入りまーす!」

(3名入場、ドヤドヤ)

「ハイ、救急隊来たからね、病院行くからね、じゃ、火の元と戸締まり確認してね!」

「いつも飲んでいる薬用意してね、あと持っていくものあるかな!?」

 この際、戸締まりや薬なんてどうでもいいと思いつつ、「鍵は締めたはず」と記憶のなかだけで確認。薬とお財布と携帯は、バッグのなかに入っていた気がする。「それ……」とバッグを指差すことしかできない。

「このバッグね! ハイ、じゃ、これ持ちますよ! いいですね!」

まるで舞台役者! その動きと声に目を見張る

呑気にボウズ頭を撮っていた、その数日後には、また病院。

 ここでようやく私の身を運ぶことになったのだけれど、すでに歩くことはできず、担架を入れるスペースもなく。隊員1、隊員2が、私の背後でしばし相談。

「う〜ん、抱えていけるかな?」

 私は超ミニサイズ。よっぽどのもやし隊員でもなければ、お姫様だっこでもいけるはず。私を抱えられなければ、おそらくだれも運べない。

 しかし、二人体制で作業開始。

「ハイ、じゃあ持ち上げますよ! 抱えますからね! イチ・ニ・サン、ハイ!」

(スタスタスタ……、キグチ含む全員退場)

「靴はこれでいいかな? 靴、持っていきますよ!」

(隊員3、玄関を閉じ、鍵を目の前に差し出す。キグチは隊員1・2に抱えられたまま)

「ハイ、コレ鍵ですね。ハイ、見てください、見てくださいね。鍵、締めまーす。(ガチャ)ハイ、鍵、締めました!」

(バッグを持ち上げつつ)

「じゃ、この鍵、このバッグに入れますよ! ハイ、鍵、入りますよ! ハイ、入れました!」

 ようやく担架に乗せられ、体をぐるぐるとバンドで巻かれ、救急車の中へ。

 即、出発。
 即、到着。
 その間、見えていたのは救急車の壁のみ。
 それでもとりあえず、病院へ連れて行ってくれた……。

 しかし、隊員さん、常に声がデカい。
 ひとつひとつの動きが、まるで舞台役者のように誇張されている。
 動作ごとにピタリと一旦停止。
 いつかどこかで見た、救急隊の訓練風景そのものでした。

せちがらい現代でも変わらないもの

たくさんの人のおかげで今も生きていられる。それを忘れずにいたいと思います。

 それにしても面白かったのは、すべてを本人に確認させるということ。お腹の痛みに耐えながらも非常に興味深く思っていました。

 これは、おそらく私たちの安全という以上に、隊員自身の身を守る意味があるのだろうと思います。
 特に女性一人の家だし、救急車を呼んだあとに「物がなくなった!」とか、「ヘンなところを触られた!」などと言われることがあるのかもしれません。それを回避するためにも、全てしっかり確認することになっているのだろう、と。人助けも大変です。

 そして、お互いに「信用」では通用しない世の中になってしまっているのが少し寂しくもあります。家に鍵をしない時代もあっただろうに、と思ったり。助けて、助けられて、素晴らしいことなのに、現代はいろいろと難しい。

 ともかく、私には正義の味方トリオでした。
 急に気分が悪くなったときには、急いでビニール袋を探してくれたり、「大丈夫だよ」と言って背中をさすってくれたり。その手の力加減が大変にほどよく、気持ちがホッと和らいだことを思い出します。何より、救急隊のみなさんのおかげで命がつながったことは、紛れもない事実。

 どんな世の中だろうと、人が人を救おうとするなかにある、人間としての熱は、きっと変わることはないのだろうと思います。
 命が危険な状態なんて誰も陥りたいものではないけれど、究極の状況だからこそ、普段見えにくくなっている「人」の部分もしっかりと見えるものです。「せちがらい」と言われる現代であっても、その熱だけは、しっかりと心に留めておきたいと思います。

 そういえば、救急隊は、お医者さんや看護師さん以上にお礼を言われる機会がなく、助けた人がその後どうなったかを知ることもほとんどないはず。助けられてから数年が経ってしまいましたが、手紙を送ってみようかなと思います。

木口マリ

「がんフォト*がんストーリー」代表
執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。

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