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佐々木常雄の「灯をかかげながら」
第7回 芝桜の咲く季節

掲載日:2020年6月5日 16時20分

綺麗な公園を思わせる花壇

 妻が、お隣のNさんの父Kさん(94歳男性、元学校長)が長年、造っていたという花壇から、咲き終わった芝桜を少し分けていただきました。もう花は終わっていたのですが、私の家の庭に植えました。うまく根づけば、来年は花を楽しめるというのです。

 花壇の写真を見せていただくと、赤、ピンク、白に咲いた芝桜が、円形に、あるいはハート型になっていて、綺麗な公園を思わせました。90歳を過ぎても、こんな素晴らしい花壇を造れるなんてすごいなぁ、と思いました。

 しかし、もうこの花壇はなくなるのだそうです。
 Kさんはこの春に亡くなられました。
 以下、娘のNさんから聞いたお話です。

芝桜などが咲き乱れるKさんの花壇。広い(=Nさん提供)



急がない、ゆっくりしたがん

 Kさんは、定年退職後、奥さんと畑仕事や、花壇を楽しんで、元気に過ごしてきました。

 今年の正月になって時々腹痛があり、食欲がなくなってきました。1月のある日、左頸部に瘤を触れ、車で約20分の総合病院の耳鼻科に行きました。Kさんは口の中から喉を診ていただき、喉にシューシュー噴霧されて帰りました。

 それから2週間後、左頸部の瘤が大きくなった気がしたので、もう一度受診しました。再び内視鏡検査を受けて、そして医師は首を触ってくれたのですが、何も言われませんでした。

 さらに2週間後、瘤は親指よりも大きくなり、耳朶の下まで膨らんだ感じで、痛みも出てきました。3回目の耳鼻科受診では、別の耳鼻科医に、「針で組織を採ってみましょう」と言われました。2週間後、「甲状腺の乳頭がんでした。これは急がない、ゆっくりしたものです」と診断されました。

 この間、ときどき腹痛があり、ある夜、強い痛みで、救急車で病院へ行きましたが、特に問題はないと帰されました。その後も腹痛があり、同じ病院の消化器外科を受診しました。この時も特に問題はなく、胃内視鏡などの検査予定となりました。


ようやく原因がわかったときには……

 甲状腺の乳頭がんと診断されてから1週間後の夜、またも腹痛が強くなり、救急車で病院に行きました。今回はそのまま入院となり、点滴で痛みは軽減しました。入院中に胃内視鏡検査、大腸内視鏡検査を受けましたが、異常はなく、腸閉塞もないとのことでした。

 しかし、食事はわずかしか摂れず、頸部の痛みは強くなり、痩せ細ってきました。
 そして、やはり入院中に受けたCT検査などで、ようやく、本当の病名が判明したのです。医師はこう説明しました。

「首の瘤は甲状腺の乳頭がんが、未分化がんとなって急に増大したものです。頚動脈も巻き込んでいて手術は無理です。未分化がんは肺と腹膜に転移しています。腹痛は、この腹膜転移のためだと思います。すでにがんの末期状態です。抗がん剤の治療も無理です。痛みは、麻薬の貼り薬で調整しましょう」

 ようやく腹痛の原因が分かったのですが、すでにがんの末期、しかも体力もなくなり、立ち上がることも出来なくなっていました。


心に響いたKさんの言葉

 Kさんは、食事が摂れないので、毎日点滴をしていましたが、治療法もないので、自宅に帰ることにしました。毎日、訪問看護師が来て点滴をしてくれるそうです。

 家に帰ったKさんは娘のNさんに「甲状腺がんなら、耳鼻科ではなく、内分泌内科とか、内分泌外科とかを受診すれば良かった」と言われたそうです。
 病状が悪化し、3月末にご自宅で亡くなられました。
 最後は、病院の担当だった医師が往診してくれたそうです。

 確かに、甲状腺の未分化がんは非常に稀で、しかも進行がとても早く、治療が難しい病気です。

 Kさんは、仕方がない運命だったのかも知れません。そうかも知れないのですが、診察した耳鼻科医が、もう少し早く診断してくれていたら、治療法はなくとも、苦痛は少なかったのではないかと思うのです。

 Kさんが、首に腫瘤があって、耳鼻科を受診されたのは、けっして間違いではありません。
 医療に素人のKさんの「内分泌科を受診すれば良かった」という言葉が心に響きます。Kさんにはお会いしたことはないのですが、とってもしっかりされた方だったと思います。

 花壇の芝桜は、いつもの年と同じように、4月末にきれいに咲きました。
 今は、その周りで、ポピーがたくさん咲いているそうです。


シリーズ「灯をかかげながら」 ~都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員 佐々木常雄~

がん医療に携わって50年、佐々木常雄・都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員の長年の臨床経験をもとにしたエッセイを随時掲載していきます。なお、個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。

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