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闘病記出版20年 星湖舎・金井一弘の
「読み逃したくない1冊」
第19回 短歌は「ことばのお守り」26人のがんサバイバー あの風プロジェクト著『黒い雲と白い雲との境目にグレーではない光が見える』

掲載日:2021年8月10日 12時33分

 今回は、2021年2月に発刊された、26人の女性がんサバイバーによる短歌集を紹介する。がんとの闘いを31文字で表現した、闘病記である。

一人ひとりの小さな物語 

 2019年春、36歳の時に子宮頸がんを告知された尾崎ゆうこさんが、闘病に関する情報が欲しくてさまよっていたインターネット上で、多くのAYA世代(15~39歳)の女性がんサバイバーと出会う。

26人のがんサバイバー あの風プロジェクト著『黒い雲と白い雲との境目にグレーではない光が見える』(左右社・1870円=税込)

 共感し合った彼女たちは、闘病中に感じた忘れがたい瞬間を短歌に紡ぎ、1冊の本にするというプロジェクトを始めた。インターネットで資金を集め、短歌の指導を歌人の岡野大嗣(だいじ)氏に依頼した。 「『がん』という大きな出来事を経験した皆さんの、一人ひとりの小さな物語を掬い、自分自身のお守りになるような歌を残してもらいたい。そんな思いでレッスンを始めた」と岡野氏は本書で述懐する。  さらに「短歌は、心の動きを再現できたとき、一首のなかに風が吹く」という。  26人の喜怒哀楽が、忘れたくないあの日の風とともにつまった短歌集である。  第1部は、見開き構成で、右ページに短歌1首、左ページにイラストレーター西淑(にししゅく)さんによるカラーイラスト1点の組み合わせで成り立っている。52作品(短歌26首、イラスト26点)が掲載されている。  第2部は、「連作」で短歌が64首。  第3部は、「サバイバーストーリー」として、15人のサバイバーの体験や思いと短歌1首が、1ページの中に納められている。  合計105首あるのだが、部を跨いで2回登場する作品が10首あるので、掲載されている短歌は95首ということになる。


がんサバイバーならではの感性 

「またがんと生きる私に十字架を差し込むごとく天窓の陽は」(マツイアヤコ)の1首から、この短歌集は始まる。再発の思いを綴った作品と思われる。 「検査日は這いつくばって副作用と涙こらえるスタンプラリー」(rina) 「お見舞いの友と摘まんだあまおうの種より多くの思いあふれて」(ひびの祈り) 「生まれたての傷をいたわる初めての沐浴に似た戸惑いの手で」(尾崎ゆうこ)  病院の情景を描いたり、副作用など身体の変化を訴えたり、サバイバーならではの作品が並ぶ。  家族とのことをテーマにした歌も多い。 「泣き言をいわない私を抱きしめて母は有り余る愛をくれる」(加藤那津)  犬猫のペットや、身近なものが題材となった作品もある。 「冬瓜がとろり澄みゆく瞬間を見逃さないこと生きてゆくこと」(金塚敬子)  精一杯今を生きる大切さが、心に染みてくる。  実は、長く感じられるこの本のタイトルも、登場する短歌の1首(糸田おと)である。1部分を切り取らず、まるごとタイトルにした大胆さに驚く。  しかし、「グレーではない光」とは、どのような光なのかが気にかかる。がん患者を支援する24時間チャリティーイベント「リレー・フォー・ライフ・ジャパン」に参加している私としては、夜明け前の数分、地平に現れる深い紫(ドーンパープル)、すなわち希望の光であってほしい。


心に寄り添う1首を求めて 

 監修を務めた歌人・岡野氏は、掲載された短歌のことを「口ずさめるお守り」と表現する。嬉しかったことも辛かったことも、生きた記憶として自分の地層となり、その地層に立ってこそ、新しいことにチャレンジできる。そして、「必要なときにはいつだって、短歌があの日の風を運んできてくれる」と、26人の著者たちにエールを送る。 「幾度でも愛(め)でてあげよう手術痕わたしを生かす薄桃のすじ」(盛川水砂) 「シャンプーよ生命保険よマスカラよ闘う私が買うと思うな」(yossy) 「蝉の声まぶしく耳をつんざいて歪んだ脳に『生きろ』と響く」(佐々木千津)  決意とも読めるこれらの歌は、著者を勇気づけ著者の心にいつまでも寄り添うことだろう。それと共に、読む人の心にも感動を与えるはずだ。  読者は心に寄り添う「ことばのお守り」となる1首を、掲載された95首の中から見つけ出すのも楽しいのではないだろうか。  ちなみに私が選んだのは、前を向いた生き方が心に響く、次の1首だ。 「『がんだからできない』ことを『だからこそできる』に変えたきみの激励」(moe)  むろん、これを機に、短歌を作り始めるのもよいだろう。

これまでの、闘病記出版20年 星湖舎・金井一弘の「読み逃したくない1冊」はこちらよりご覧いただけます
金井一弘(かない かずひろ) 株式会社星湖舎(せいこしゃ)社長、NPO法人大阪公立大学共同出版会(OMUP)編集長。1956年、大阪府生まれ。99年に星湖舎を立ち上げ、主に闘病記や障がい者の本を出版している。良い闘病記には、「宗教や健康食品、民間療法に導かない。家族や会社・学校との関わりや社会情勢が描かれている。病院や医師の批判に節度がある。治療過程がしっかり書かれている」と考え、他社の本も“診断”し、普及活動に取り組んでいる。毎年100冊以上に目を通す。星が好き。

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