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村本 高史の「がんを越え、”働く”を見つめる」第6回

掲載日:2021年12月10日 12時20分

 著名人ががんになった時、メディアに「治療に専念」の文字が踊ります。この言葉を見る度、私は複雑な気持ちになります。治療に専念することが本当に必要なのか。果たして本人の意向なのだろうか。この言葉が紋切型に使われてはいないか。

 今回は、この言葉について考えてみましょう。


治療と仕事の両立支援が進む中で

 ご存知の通り、がんの5年生存率は6割を超え、がんは治り得る病気、長く付き合える病気に変わってきています。治療の形態も入院期間の短縮に加え、入院から通院へのシフトが進んでいます。国の働き方改革実行計画の中に「治療と仕事の両立支援」が盛り込まれて以降、実際に取組む企業も増え、両立支援は社会の潮流になっています。

 

 働く社員にとっては、お金を稼ぐ経済面のみならず、仕事は生きがいの点でも非常に大切です。また、企業にとって両立支援は人財の確保・定着、病気になっても働き続けられるという社員の安心感・モチベーション向上、さらに多様な人材の活用による組織の活性化という点でもメリットがあります。

 一方で、がんは実態とイメージのギャップが依然大きく、企業も本人もまだまだイメージに振り回されがちです。たとえば、内閣府が実施した世論調査(※)では、「がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、働きつづけられる環境だと思うか」を尋ねたところ、「そう思わない」とする割合が57.4%と過半数を占めました。「がん=死に直結」というイメージや、「長く入院する病気」という先入観がまだまだあるように思います。

 このことが「がんになったら治療に専念」という思い込みになるのかもしれません。


当事者の気持ちは?

「治療に専念」という言葉に関して私が最も重要だと思うことは、それが当事者本人の気持ちを踏まえたものであるかどうかということです。「きちんと治してから」とか「治療に専念する」という言葉も、本人から出るのなら一向に構いません。

 けれども、がんの報告を受けた途端、職場の上司や周囲の人たちがぱっとそう言ってしまうと、優しさのつもりが本人の働きたい気持ちや機会を奪ってしまうことになりかねません。

 

 働くことにはお金を稼ぐという切実な目的に加え、人とのつながりを実感し、自分の存在価値を再認識する大切な意味合いがある、と私は思っています。「治療に専念して」、「仕事なんていいから」と言われると、がんになった混乱や不安に加え、大事なものを取り上げられたような悔しい思いさえ湧き起こりかねません。

 私が勤務するサッポロビールには、「Can Stars(キャンスターズ)」というがん経験者の社内コミュニティがあります。その中の一人は、「『治療に専念して』とよく言われるが、働きながら会社とのつながりを感じられるからこそ、治療にも前向きに取り組める」と言っています。

 もちろん、受け止め方は人それぞれなので、「治療に専念して」と言われて安心する人もいるでしょう。それでも「治療に専念して」ではなく、どうか「治療を最優先して」と言ってほしい。一方的な見方ではなく、対話の中で当事者の気持ちこそ大切にしてほしい。

 世間にニュースが流れる時、私はそんなことを思うのです。

 ※内閣府実施 令和元年度「がん対策・たばこ対策に関する世論調査」
 https://survey.gov-online.go.jp/r01/r01-gantaisaku/2-1.html

村本高史(むらもと・たかし)
サッポロビール株式会社
人事部 プランニング・ディレクター
1964年東京都生まれ。1987年サッポロビール入社。2009年に頸部食道がんを発症し、放射線治療で寛解。11年、人事総務部長在任時に再発し、手術で喉頭を全摘。その後、食道発声法を習得。14年秋より専門職として社内コミュニケーション強化に取組む一方、がん経験者の社内コミュニティ「Can Stars」の立上げ等、治療と仕事の両立支援策を推進。現在はNPO法人日本がんサバイバーシップネットワークの副代表理事や厚生労働省「がん診療連携拠点病院等の指定検討会」構成員も務めている。

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