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村本 高史の「がんを越え、”働く”を見つめる」
第24回 言葉を考える⑥~「患者」

掲載日:2025年6月11日 15時00分

 突然ですが、私たちの社会はどのように成り立っているでしょうか。様々な仕組みやシステムで構成されている。そんな見方もできるでしょう。もう1つ忘れてはならないことは、私たちの社会は人と人との様々な関係で成り立っているということです。

 がんをめぐる関係を考える時、中心になるのは「患者」であるはずです。今回は「患者」について考えてみたいと思います。



「患者」の成立

 今日の医療や研究において、「患者」の視点は極めて重要とされています。例えば、国立がん研究センターが実施する「患者体験調査」(※1)は、国のがん対策推進基本計画の進捗を患者の視点で評価する重要な調査です。また、第4期がん対策推進基本計画(※2)から組み込まれた「患者・市民参画」は、研究開発にとって視点の新たな獲得につながると同時に、患者・市民にとっても研究開発の理解の促進にもなるものです。

 この「患者」という言葉を改めて考えると、「患者」は医療という領域の中で病気や怪我等の治療を受ける立場であり、医療者との関係があって初めて成立するもののように思われます。

 特にがんの場合、ある日突然、診断を受けた人が「患者」になったりします。その時の不安や混乱は、家族を含めて「患者」ならではのものと言えるでしょう。



人は常に「患者」でいるのか

 一方で、がんになったからと言って、私たちは常に「患者」でいなければならないわけではありません。先ほど申し上げたように、「患者」はあくまでも医療の領域で、医療者との関係を前提にしての言葉のはずだからです。

 実際、一般企業においては「がんになった社員」とは言うにしても、「当社のがん患者は…」という言い方はまずしないでしょう。  アメリカの心理学者、ドナルド・E・スーパーは、自身のキャリア発達理論の中で「ライフロール」という概念を提唱し、一人の人の人生の中での役割を「子」、「職業人」、「配偶者」、「市民」など9つに定義しました。そして、「ライフロール」と「ライフステージ」(年代)の関係を「ライフ・キャリア・レインボー」という図で表しました。「ライフステージ」によっては、一人の人が同時に複数の「ライフロール」を演じることもありとする考え方です。

 スーパーの「ライフロール」の中には、「患者」という定義はありません。しかし「患者」は、その人にとってのあくまでも一つの「役割」や「立場」に過ぎないのではないでしょうか。


 たとえがんになったとしても、私たちが生きる目的は、決してがんを治療することやがんとの共生ではないはずです。なぜならば、私たちの人生の目的は、家族等の大切な人や、仕事や趣味を含めた大切な物事と共に生きることだからです。それは治療や共生の先にあるものであり、治療や共生は重要ではあっても、大事な目的のための手段に過ぎないのではないでしょうか。

 「患者」という一側面を越え、一人の人間としてどう生きるか。私たち一人ひとりに求められることであると同時に、医療者にも「患者」のその先にあるものをぜひ見つめてほしいと、私は切に願う次第です。



※1 令和5年度患者体験調査
https://www.ncc.go.jp/jp/icc/policy-evaluation/project/010/2023/index.html

※2 がん対策推進基本計画
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000183313.html



村本高史(むらもと・たかし)
サッポロビール株式会社 人事部 プランニング・ディレクター
1964年東京都生まれ。
1987年サッポロビール入社。
2009年に頸部食道がんを発症し、放射線治療で寛解。
11年、人事総務部長在任時に再発し、手術で喉頭を全摘。その後、食道発声法を習得。
14年秋より専門職として社内コミュニケーション強化に取組む一方、がん経験者の社内コミュニティ「Can Stars」の立上げ等、治療と仕事の両立支援策を推進。
現在はNPO法人日本がんサバイバーシップネットワークの副代表理事や厚生労働省「がん診療連携拠点病院等の指定検討会」構成員も務めている。



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