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第64回 リンパ浮腫を治したい! 専門医に聞いてみた 〜リンパ外科医 三原 誠先生・原 尚子先生インタビュー〜(後編)/木口マリのがんのココロ

掲載日:2022年2月9日 10時00分


 リンパ浮腫は、なかなか面倒くさいシロモノです。「手足が太くなる」など見た目の問題だけでなく、重だるい不快感が続いたり、痛みがあったり、場合によっては高熱を出して寝込んだり。  

 しかも治療法がないときている……というのは、今や昔の話。  長年に渡り、リンパ浮腫の研究を続けてきてくれたみなさんのおかげで、すでに手術を含めた科学的根拠のある治療が行われているほか、リンパ浮腫にならないことを目指した研究も進められています。  

 リンパ浮腫患者の未来は明るい……気がする!  

 今回は、第63回に引き続き、リンパ外科医の三原 誠先生と原 尚子先生に最新の治療についてお話をうかがいます。(全2回/後編)  

▶第63回「リンパ浮腫を治したい! 専門医に聞いてみた 〜リンパ外科医 三原 誠先生・原 尚子先生インタビュー〜(前編)」はこちら


Contents: ●治療法はえらく進んでいた! 〜保存療法と手術〜 ●自分のカラダで実験する医師たち ●「軽い」と思っても、まずは診てもらおう! ●リンパ浮腫外来の見つけ方 ●ほかにもいる! 頼れる味方「リンパセラピスト」 ●リンパ浮腫治療の研究は、新たな段階へ

左から1人目が原 尚子先生、3人目が三原 誠先生


●治療法はえらく進んでいた! 〜保存療法と手術〜

「がんの治療は重要だけれど、その後、何十年も付き合っていかなければならないリンパ浮腫の治療も大切なんじゃないか」――それが約20年前、三原先生がリンパ浮腫の分野に取り組もうと考えたきっかけでした。  

 当時は、多くのがん専門医が、がん治療後の合併症をあまり重要視していなかった時代。 「『リンパ浮腫を診てもらえない』と、涙を流している患者さんがたくさんいました」と、三原先生は言います。  仲間と一緒に、日本語、英語、イタリア語、ロシア語など、世界各国の論文を集めて勉強会を始め、学会で発表するなかで、関心を持ってくれる医師が増えていきました。  


「ここ5〜10年で、びっくりするほど世界的に進歩のスピードが早くなっている」という、リンパ浮腫治療。現在の治療法としては、「保存療法」と「手術」があります。  

「保存療法」とは、圧迫療法、運動、スキンケア、マッサージ(リンパドレナージ)などのこと。  なかでも、医療用の弾性ストッキング・弾性スリーブなどでギュ〜ッと圧力をかける「圧迫療法」の重要度が、近年ではアップ!  

「圧迫療法は大事。圧迫したうえでの運動も大事。スキンケアも大事。マッサージは、浮腫の改善という意味では補助的なものになっています」(原先生)。  

 これを聞いたときは、「私のがん治療当時は、マッサージを毎日やるように言われていたのに、今やサブになっとる〜!」と思ったものです。  医師から聞いた話を、忠実に「こうである」と信じ続けてしまいがちだけれど、「それも変わっていくことがある」と、頭の隅に置いておかなければ。情報のアップデートは大事。  

 おまけに、弾性ストッキングやスリーブも、ここ1〜2年でどんどん新しいものが登場しているそう。 「見た目がオシャレだったり、薄手だったり。これまで苦手だった人も『これは好き』と思えるものが出てくるかも」と、原先生。このへんの情報にもアンテナを立てておくと、暮らしは快適になっていきそうです。  

 ちなみに弾性ストッキングやスリーブは、“予防”としての効果はないと言われていて、むくみの症状が出たときに適切に使用します。1足1〜2万円もして高価なのがイタイところだけれど、医師の指示があれば保険適用なので、申請すれば後である程度戻ってきます。  


 そして、「手術」。主に、「LVA手術(リンパ管静脈吻合術)」「リンパ節移植」「脂肪吸引」の3つがあります。どれも、名前から想像するだけでもオドロキな響き。  

 現在、日本で主流となっているのは「LVA手術」。リンパ管と静脈をつなげて、リンパ液の新しい流れ道を作ります。三原先生がリンパ浮腫治療に着手した当時、「幻の治療法」として、注目され始めたとのこと。  

 LVA手術は、局所麻酔でできるうえ手術の傷は小さいため、このなかではもっとも体への負担が少ないもの。 「リンパシンチグラフィ検査」「ICG(蛍光リンパ管造影)検査」「超音波検査」を行い、元気なリンパ管が残っている人が対象となります。といっても、検査を行った人のうち約98パーセントが適用なのだとか。  

 残りの2パーセントは、リンパ管がすでに壊れてしまっている人など。リンパ節を体の別のところから持ってくる「移植」や、リンパ浮腫の部分に沈着した脂肪を吸い取る「脂肪吸引」などが選択肢になります。  

 三原先生と原先生が診ている患者数は、年間で約500人。これまで手術をしてきた人数は、3000〜4000人だそう。  

「LVA手術を行った人のうち、足では8〜9割、腕では9割以上の患者さんが改善します。でも、術後すぐに良くなるのではなく、効果が現れるのはおよそ半年後。術後は、弾性ストッキング・スリーブでの圧迫や、体重を増やさないようにするなどの自己管理が大切です」(三原先生)。  

 また、LVA手術は「“魔法の技”ではなく、完治はしない」とのこと。  

「がん治療でリンパ節を取った影響はどうしてもでてしまうので、そこは理解しておいてほしいし、自分でケアの仕方を覚える必要があります。でも、それさえできれば健康な生活を送ることができます」。  

 逆に、何のケアもしないでいると10〜20年後にどんどん悪化していくこともあるそう。ヒー!  


 私もLVA手術を受けてきました。三原先生と原先生の二人体制で、それぞれ片足ずつを同時に執刀。局所麻酔だと目覚めた状態のため、モニターに映し出された手術の様子をひたすら観察していました。自分の足ということも忘れて一部始終をじっくりと。  

 原先生がリンパ浮腫治療の道に進んだきっかけの一つは、「リンパ管に興味を持ったから」だそう。 「リンパ管は、1ミリにも満たないもの。それを静脈につなぐことで蜂窩織炎(※ほうかしきえん)になりにくくなったり、むくんで硬くなった手足が柔らかくなったり。リンパ管ってすごい! と思いました」。(※蜂窩織炎:細菌が入り込んで増殖し、手足の炎症や38℃以上の発熱を起こす)  

 たしかに、リンパ管(自分の)を見ていて、その気持ちは分かる気がしました。人体の不思議は、いろいろなところにあるものだ。  

●自分のカラダで実験する医師たち

 リンパ浮腫治療の進歩の背景には、検査技術の発展があります。近年は、先ほど登場したリンパシンチグラフィ検査、ICG検査、超音波検査が行われるようになったために、「リンパ管がどこにあるのか」「どのくらいの速度で流れているのか」「リンパ液がどこで漏れているか」などが分かるようになりました。  

 以前は、実際に切ってリンパ管を探していて、片足につき10カ所くらい切ることもあったのが、現在では2〜3カ所になっています。  

 検査によっては、足や手の指の付け根に薬を注入するのですが……。 「え〜、痛そう〜」と思ったアナタ! 実は先生たちは、もっと痛い思いをしている!?  

「検査のための薬は、そのまま注入すると飛び上がるほど痛い。痛み止めシールを使ってみたらどうか、先に局所麻酔をしたらどうかなど、自分たちの体で実験し、なるべく痛くない方法を探しました。これはホント、痛かったです」と笑う、原先生。  

 三原先生も、「患者さんと同じ痛みを体験しているのは、すごく重要だと思っている」とのこと。 「手術時間を短くし、痛みも少なくできるようになってきました。でもこれが完成形ではなく、今後もっと改善していきます」。  

 そのおかげで、たしかに検査薬の注入は普通の注射程度にしか感じなかったし、私が手術で切ったのも、左右でそれぞれ2カ所ずつ。入院は2泊3日。  その裏には、医師たちの、まさに体を張った努力があったのだな〜と思いました。  

●「軽い」と思っても、まずは診てもらおう!

 診察前、「この程度で診てもらってもいいのだろうか」と、ためらっていた私。もちろん、蜂窩織炎になっている最中(1年間に4回なった)は大変だったし、ちょくちょく足の重だるさはあるものの、「むくみ」というほど足は太くなっておらず、軽症だろうと考えていました。  

「軽症と思っても、早い段階で受診してもらった方がいい」と、三原先生。 「検査をしてみれば、どのくらいの状態か把握できます。『一時的なものだから、治療は必要ありません』となればそれで安心できるし、『悪化する可能性があるから、早めにしっかり治療しましょう』となるかもしれない。まずは診察を受けることをお勧めします」。  

 ちなみに私のように、むくみはひどくないのに蜂窩織炎を繰り返す人は、放っておくと5年、10年と経つうちにリンパ管がダメになってしまうそう。  

「悪化して、高熱をしょっちゅう出すなどして仕事を続けられなくなり、社会生活からドロップアウトしてしまう患者さんはたくさんいます。LVA手術で蜂窩織炎を抑えられることは証明されているので、早めに積極的な治療を行い、悪化を止められれば、これから数十年続く人生を普通におくっていける」とのこと。  

「手術を勧められたのは、このような意図があったのか〜」と、今さら気づきました(笑)。  

 ただし「早めに受診」といっても、がんの手術直後のむくみは一時的で、多くは自然に治るため、術後6〜9カ月は焦ってあれこれやらなくていいそう。それ以降も治らなければ、早めに相談が吉!  

「がん専門医にも、『軽い状態の患者さんでも早めに紹介してほしい』と伝えたい。うまく連携していければと思います」。  

●リンパ浮腫外来の見つけ方

 そこで気になるのは、「受診先をどうやって見つけたらいいのか」。  がんの主治医が紹介してくれるに越したことはないですが、自分で探す場合は、住んでいる地域の「がん診療連携拠点病院」に設置されている「がん相談支援センター」で相談してみるのも手。  

 国立がん研究センターが運営するウェブサイト「がん情報サービス」では、リンパ浮腫外来のある病院を検索できます。 「がん情報サービス」→「がん診療連携拠点病院などを探す」→「リンパ浮腫外来がある病院」 https://hospdb.ganjoho.jp/kyoten/kyotenlist?cf_pmp_list=&cf_feature_lymp=1&cf_name=

 ただ、今回紹介したような最先端の検査機器がある病院は、国内でまだ3〜4カ所なのだとか。できればしっかりと検査をしてから治療できるところを選びたいけれど、現状では難しいものがあります。  

「近年のリンパ浮腫治療の発展はとても早く、国家的な研究費もたくさん降りるようになっています。次の5〜10年の間には、検査や治療ができるところはだいぶ増えると思います。それまでは、患者さん自身が学んでの自己防衛も大事。そのための啓発も必要だと感じています」(三原先生)。

自分でも学んでみよう!『リンパ浮腫 保存療法から外科治療まで』(監修:廣田彰男/三原誠/原尚子 主婦の友社)


●ほかにもいる! 頼れる味方「リンパセラピスト」

 しかし、一人で学ぶのはなかなか大変。そんなときに頼りにしたいのが「リンパセラピスト(リンパ浮腫療法士)」!  

 リンパセラピストとは、リンパ浮腫ケアについて学び、学会の認定を受けた医師・看護師・理学療法士・作業療法士・あん摩マッサージ指圧師のこと。リンパセラピストが在籍する施設名は、日本リンパ浮腫治療学会のウェブサイトhttps://jclt.jpで公表されています。  

 原先生もリンパセラピストの認定を受けている一人。 「セラピストの勉強をしている医師は少数。医師とセラピストの架け橋になることで、患者さんのためにもなるのでは」と思ったそう。普段から自分でも弾性ストッキングを履いてみるなど、ここでも「患者さんと同じ体験」は忘れず。頭が下がります!  

 私たちも、負けずにケアの仕方や適切な運動方法を学び、“デキるリンパ浮腫患者”になりたいものです。  

●リンパ浮腫治療の研究は、新たな段階へ

 現在、リンパ浮腫治療は、その治療法の向上だけでなく「なる前に先手を打つ」という視点での研究も始まっています。  

「順天堂大学医学部附属病院の婦人科と共同で、がんが見つかった段階からリンパの状態を見る検査をし、どんな人がリンパ浮腫を発症しやすいかを事前に見極める研究を行っています。リンパ浮腫になりやすい人に対して早め早めに治療をして、発症を抑えられるようになればと考えています」(三原先生)。  

「ゆくゆくは、弾性ストッキングやスリーブがいらなくなるのが我々の目標」という、三原先生と原先生。ますます多忙になってしまいそうですが、「患者さんがハッピーになれるならがんばります!」と、笑顔で語ってくれました。  

三原先生、原先生、ありがとうございました!



《お話をうかがった先生》



三原 誠(みはら まこと)先生 JR東京総合病院リンパ外科・再建外科特任医師 平成14年福岡大学医学部卒業。虎の門病院外科レジデント、帝京大学医学部形成外科助手、東京大学医学部形成外科・美容外科、ハーバード大学医学部移植外科リサーチフェロー、埼玉県済生会川口総合病院リンパ外科・再建外科主任医長をへて現職。年間約300件のリンパ外科手術を行い、海外でのリンパ浮腫手術経験も多数。形成外科専門医、リンパ浮腫療法士、日本リンパ浮腫学会評議員。専門はリンパ外科、複合組織移植、一般形成外科。座右の銘は「リンパ浮腫をどげんかせんといかん!」。  



原 尚子(はら ひさこ)先生 JR東京総合病院リンパ外科・再建外科医長 平成19年九州大学医学部卒業。初期臨床研修をへて東京大学形成外科に入局。光嶋勲教授のもとで多くの患者のリンパ浮腫診療、乳房再建などに携わる。埼玉県済生会川口総合病院リンパ外科・再建外科をへて現職。年間約300件のリンパ外科手術を行い、海外でのリンパ浮腫手術経験も多数。リンパ浮腫に関する研究を精力的に行うと同時に、女性ならではの視点で、陰部リンパ浮腫などに悩む女性患者さんをサポートしている。形成外科専門医、日本リンパ浮腫学会評議員、日本リンパ浮腫治療学会評議員、リンパ浮腫療法士、弾性ストッキングコンダクター。  


 

木口マリ
「がんフォト*がんストーリー」代表 執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。
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