今回、お話をうかがったのは、NPO法人リンパカフェ理事長で看護師の田端聡さんと、同じく看護師のライアン千穂さん。我らがお悩み「リンパ浮腫」の予防、ケア、啓発のために尽力されている2人です。
ところが、2人の活動がリンパ浮腫だけにおさまらないのがオモシロイところ。就労支援に活動を広げ、勤めていた病院も辞めてしまいました。
……ん? なぜリンパと就労支援? なぜ病院を辞めて!?
その謎の裏には、「なるほど!」と納得の理由がありました。2人の“燃える使命感”にこちらまで熱くなるお話です。
●「足を切ってほしい」「情報が届いていない」――リンパカフェの始まり
リンパカフェは2014年、リンパ浮腫に不安や悩みを抱える患者さんたちが、お茶をしながら語り合ったり、医療者から講習を受けたりできる場としてスタートしました。
リンパカフェ理事長の田端さんがリンパ浮腫ケアに目覚めたのは、故郷・熊本の病院で、ある患者さんに出会ったことがきっかけでした。その患者さんは、パンパンにむくんだ足を「切ってほしい」と言っていたそう。
「調べると、リンパ浮腫でした。でも熊本では情報がなくて。東京に行けばリンパ浮腫のことを学べるのではと思い、公益財団法人がん研究会有明病院(=がん研有明病院/東京都江東区)に移りました」
2007年ころからリンパ浮腫ケアに従事しはじめたという田端さん。数年後からはライアンさんも加わりました。患者さんのケアのみならず、リンパ浮腫セラピストや医療スタッフなどに向けた指導・啓発もおこなっていったといいます。
そんななか、2人は埼玉県のリンパ浮腫患者さんに出会いました。その方の腕は、左右の太さが7センチも違うほどの状態。がん治療をした病院で相談しても「まだ大丈夫」と言われていたらしく、適切なケアにつながらずに無治療のまま悪化していました。
「こんなに東京に近くて、治療を受けられる環境にある埼玉県の病院でも、患者さんまで情報が届いていない。だとしたら、地方はもっと大変なことになっているのでは!?」と、衝撃を受けたという田端さんとライアンさん。
「私は看護師などを指導する立場でしたが、いくら医療者を養成しても、その先の患者さんに施術や指導をおこなえる場がない。養成は大事だけれど、患者さんにも伝えていかなければ、環境改善へのムーブメントは起きないと思いました」(ライアンさん)。
●情報格差が、患者の生きがいを奪う!?
同時に、地域による「医療者の情報量の偏り」を何とかしなければ!という思いもありました。
情報が行き渡らないと、どんなことが起こるのか。
古い情報からアップデートされずにいた場合、医療者が「正しい」と信じて伝えたことが、逆に患者さんの不利益になる可能性もあるそう。
例えば、乳がん治療で脇の下のリンパ節を取った場合。
「取った側の腕で、重いものを持ってはいけない」というのはよく聞く話ですが、現在のガイドラインでは「赤ちゃんのだっこや、テニスやゴルフなどのスポーツをしても大丈夫(ただし、むくみやだるさを感じたら早めに休む)(※)」となっています。(※日本乳癌学会ガイドライン2019年版より https://jbcs.xsrv.jp/guidline/p2019/faq/)
しかし、未だにそれもNGと信じて患者さんに伝えていたら「子供や孫を抱いてあげることもできないの!?」と、その人の生きがいを奪うことにもなりかねません。
「地方の医療者は、リンパ浮腫ケアを1人きりでやっていることが多い。手が回らずに情報量に偏りが出てしまう場合もあります。そうならないためのネットワーク作りが必要だと思いました」(田端さん)
「せめて情報格差をなくしたい」
「地方とのネットワークを強化していきたい」
リンパカフェは、東京のほか、埼玉、熊本、大阪、和歌山、鳥取など、各地で開催するようになっていきました。
●実は、がん治療の医師も悩んでいる!?
当初、リンパカフェの活動は、病院の仕事が終わったあとの夜や休日を使ってボランティアでおこなっていたという2人。(ホント、頭が下がります……!)
そのうち、がん研有明病院の看護師、他施設のメディカルスタッフが協力してくれるようになったほか、職場内外で一緒に活動してくれる医師も増えていきました。
「がん治療にあたる医師も『リンパ浮腫を何とかしてあげたい』という思いを抱えています。リンパ浮腫は、がん治療をおこなうなかで、ある一定の割合で起こってしまい、予防も完治も非常に難しい後遺症。何かできることはないものかと悩んでいます」
……そうだったのか!と、キグチもびっくり。術後後遺症に対する医師の気持ちについて、考えたこともありませんでした。治療をしてくれた主治医がそんな気持ちにならないためにも、リンパ浮腫ケアをもっとがんばらねばー!(と、やる気を出す)。
●「働きたいけど、働けない」をサポートしていきたい
ところで、なぜ就労支援まで活動を拡大しようと思ったのでしょうか。
それは、「リンパ浮腫の治療中も、改善したあとも、生活があるから」。リンパカフェをおこなう中でも、患者さんからその話題が持ち上がったといいます。
たとえむくみが改善したとしても完治するわけではなく、働くことへの不安を抱く人もいるはず。しかしそのために社会とのつながりを失ってしまうのは、心身ともにいいことはなく、経済的な心配も続きそうです。
「働きたいけど、働けない。それをサポートしていきたい」ということで始まった就労支援。現在では、がんやリンパ浮腫の患者に限らず、障がいや難病を抱えている人や、人工呼吸器を装着して暮らしている人の就労にも力を入れています。さらに、血液製剤HIV感染被害者の在宅就労支援の研究事業にも参加しているそう。
「現状を知れば知るほど、仕事の空き時間におこなうような“片手間”では申し訳ないと思いました」
2021年9月、田端さんとライアンさんは病院を退職し、本格的にリンパカフェの運営を始めました。
●看護師だからこそのきめ細やかな就労支援
就労支援は、単純に企業と人をつなげるのではなく、企業から寄せられた業務(データ入力やウェブデザインなどさまざま)をリンパカフェが利用者に紹介し、短時間でも働ける形をとっています。
就労支援をする団体はほかにもありますが、リンパカフェの大きな利点は、スタッフ5人のうち4人が看護師ということ。仕事を始めてからも、健康面のカウンセリングをしてもらいながら働くことができるのです。
その日の体調に合わせて「今日は1時間だけ仕事をしましょう」などの調整をするそう。健康の不安を減らしながら、社会参加の機会を得られます。
きめ細やかな対応で、これまたびっくり! 健康に不安がある中での就労や治療との両立は、精神的にも身体的にもハードルが高いですが、「ここまで一緒に歩んでくれるなら、一歩を踏み出してみようか」と思える気がします。
実際に、リンパカフェの支援で在宅ワークを始めて、「これならば活躍できる。また働くことができるとは思わなかった」と、涙ながらに喜んでくれた人もいるそうです。
●メラメラと燃える使命感!
今回の取材では、安定した病院での仕事を辞めてまで活動に取り組む姿に、圧倒されるものがありました。
「就労支援は、自治体の理解がなかなか進まず、草の根運動にかなりの時間を取られているんですよね。リンパ浮腫も昔はそうでした」と、言いながらも笑顔の2人。
なぜそこまでできるのだろう?大変じゃないのだろうか??と思いたずねると、2人は声をそろえて「大変ではない」……!!
「勝手に使命感を感じています(笑)」と、田端さんとライアンさん。
「病気や障害のために、できなくなることはあるかもしれません。でも、できることの選択肢を増やして提案できたら、困りごとが1つ減るかも、と思いました。
世の中の困りごとの総量を、私たちが減らしていくんだー!と、使命感がメラメラと燃え上がりました」
ちなみに、就労支援に手を広げても「リンパカフェ」という名前のままにしているのは、「自分たちの原点だから」だそう。
燃えるメラメラは、“初心”ともいえるでしょう。その炎が、絶えずその名前の中にあるようでした。
田端 聡
看護師
NPO法人リンパカフェ理事長 / 在宅就労支援事業団TOKYO-BAY 管理者
在宅就労支援事業団 相談役 / 日本リンパ浮腫学会評議員
前職のがん研有明病院では、2007年頃からリンパ浮腫ケアに従事、2010年よりリンパケアルームに所属、その後、リンパ浮腫ケアチームリーダーとして活動、婦人科・乳腺科・泌尿器科のリンパ節郭清術後のリンパ浮腫予防指導の普及啓発のために、患者・スタッフの教育指導を行った。医師やメディカルスタッフ、事務職と多職種連携したリンパ浮腫ワーキンググループを運営し、組織内全体で取り組みリンパケアの診療スキームを構築した。また同組織内主催のリンパ浮腫セラピスト育成講習会では圧迫療法講師を担当した。所属組織外では、ライフプランニングセンター主催の教育セミナー講師、看護大学内や訪問看護師の育成事業での講義・その他医療従事者を対象とした講義や講習会を実施した。2014年頃より任意団体として、東京・埼玉・愛知・大阪・和歌山・熊本で患者・家族・医療従事者に対して、講演・フォーラムや相談会の開催、LE&RNの活動に参加し、リンパ浮腫の普及啓発活動に2018年から参加している。現在、NPO法人リンパカフェの理事長に就任し、かかりつけ医にリンパ浮腫外来が無い方を対象とした、リンパ浮腫患者の定期的な相談会等を準備中。(現在も相談対応中)
ライアン 千穂
NPO法人リンパカフェ所属
看護師/Dr. Vodder Academy International認定Level2講師
前職のがん研有明では、リンパ浮腫の予防的な介入から治療、終末期における浮腫の対応を行い、現在年間のべ6,000件の診療を行う。
2015年、日本・アジアで初となる医療国家資格をもつ、Dr. Vodder Academy International認定講師となる。がん研有明病院にてリンパ浮腫セラピスト養成講習会実技講師を担当。リンパ浮腫治療学会シンポジスト、演題発表、リンパ浮腫に関するセミナーでの講師を務め教育的活動を行うほか、社会活動としてリンパカフェの仲間とともに、全国で相談会や患者向けのセミナー等を開催し、リンパ浮腫患者を取り巻く課題に対して取り組んでいる。
「皆さん、こんにちは! 私の叔母は重度のリンパ浮腫を抱えており、何かしてあげたい!という思いからMLDやリンパ浮腫について学びはじめました。
Vodder’s MLDはリンパ浮腫以外の困りごとの手助けにもなります。ご自身のケア、そして皆さまの目の前で困っている方へ出来ることを、私達と一緒に考えてみませんか?」
NPO法人リンパカフェ
《現在の活動》
2021年12月1日 千葉県市川市に千葉県指定障害福祉サービス事業 在宅就労支援事業団TOKYO-BAYを開設した。治療と就労の両立が困難となった方のために、在宅でサービスを受けることができる就労継続支援B型事業所、生活訓練事業所を併設している、障害福祉サービス事業を行っている。
現在は、血液製剤HIV感染被害者の方の在宅就労支援の研究事業に参加中。