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「化粧の力」で高齢者・がん患者支えたい 研究続ける池山和幸さん

掲載日:2022年10月27日 9時12分

 高齢者に化粧でいきいきと輝いて欲しい――。資生堂の池山和幸さんは、大学生のころから「化粧の力」に魅せられ、化粧療法の研究に取り組んできました。最近はがん患者への化粧療法の取り組みも始めています。歩んできた道のりをうかがいました。

■眉へのコンプレックスがきっかけ

化粧に関心を持ったきっかけは。

 そもそも自分の眉毛にコンプレックスがありました。実は今日も眉を書いているんです。眉頭が薄いのがコンプレックスなんで。大学生のころに、バイト先の店長さんにその悩みを打ち明けたら、「描いたらいいんだよ」と言われて、眉毛を書いてもらった瞬間から、私のなかでなにかが変わりました。

どんな感覚ですか。

 自信が持てて、周りの人が気づかないほどのレベルですが、そのときに化粧は不思議な力がありおもしろいなと感じて、将来は「化粧」に関する研究をしたいと思いました。

大学では何を勉強していたのですか。

 大学院修士課程でバイオ素材の研究をしていた関係で、医学部の先生と肺移植の共同研究をしていました。たばこを吸っていると肺がぼろぼろになって外科手術をしたときに組織を縫い合わせできないなどの問題が生じます。縫合の代わりに接着剤を開発しようとしていました。「生体のり」と呼ばれるものです。

化粧とはまったく違う分野ですね。

 大学には当然化粧を研究する研究室はありませんでしたので、化粧品に少しでも関連するような研究テーマを選びました。その当時、研究室では生体のりの成分にはシルクがいいんじゃないかと考えていました。縫合糸はまさにシルクですし、実は化粧品の素材にも使われたりしていました。


■化粧につながる臓器移植研究

なるほど、接点があったのですね。

 接点を作った感じです。その流れで大学院博士課程は共同研究先の医学研究科に進みました。生体のりの研究を続けながら、移植するときに本当にドナーの肺が適しているか組織の弾力などの物性を調べる研究にも取り組みました。弾力を左右するのは肺組織に含まれるコラーゲンです。

そうなのですね。

 人の肌の弾力にはコラーゲンが非常に大事ということは知っていましたので、将来の役に立つと信じて研究をしていました。実は、皮膚と肺は共通点があるんですよ。肺は体内にある臓器ですが、皮膚と同じように唯一(呼吸を通じて)外気に接している臓器なんです。

次第に化粧研究に近づいていった。

 こじつけではありますが、いろいろ共通点を見つけて皮膚や化粧品の研究に応用できるだろうという期待を持ってやっていました。臓器移植の専門になろうということではなく、将来は化粧に関わる仕事をしたいと教授にも話していました。


■大学院時代に介護福祉士に

大学院時代に介護福祉士の資格も取りました。

 就職を考えると、化粧への意義をさらにみつけるためのネタがないかなと、「化粧×なにか」をずっと考えていました。2000年ごろのことです。

ちょうど介護保険が制定された年ですね。

 新聞を読んでいると「2007年問題(団塊の世代が60歳になり退職者が多く発生する時期)」「医療費や介護費用が全然足りなくなる」とかいった暗い高齢化問題が指摘されていました。なにか明るくなるようなことをしないと、このままでは自分が年取ったときに暗い世界になってしまうなと感じていました。

資格はどうやって取得したのですか。

 当時は超就職氷河期でしたので、学生ベンチャービジネスコンペが頻繁にあり、私も応募していました。「施設で化粧をしてその写真を家族に配信するサービス」をテーマにしたのですが、「臓器移植」を研究していると言ったら選考会の面接で相手にされませんでした。非常にくやしくて「高齢者のプロ」にならないと説得力がないと感じました。そこで在学中に2年間の通信教育の専門学校を経て、介護福祉士の試験を受けて資格を取得しました。


■ググって探した資生堂に入社

就職先を決めたのは。

 卒業に必要な論文にめどが立ち、さあ化粧と高齢者の研究をしようと思ったときに、どこでそれをしたらよいのか、グーグルで単純に検索してみて、一番最初に出てきたのが資生堂でした。資生堂は長年、高齢者施設での化粧ボランティアの活動をしていました。

入社試験はどうでした。

 「化粧療法をやりたい」とずっと面接で言っていました。周囲はだいたい大学4年生。私は院生だったこともあり極端に学生生活が長く(修士2年+博士4年)、専門は臓器移植。変なやつが来たという印象あったと思いますが、運よく採用してもらいました。

感覚器としての皮膚研究論文も出されています。

 最初は皮膚の基礎研究部門に配属されました。皮膚に物理的な刺激与えたときの反応をみるマッサージの研究です。大学での研究スキルが大いに役立ちました。顕微鏡をみながら細胞に棒でつんつんと刺激してどう変化するか、培養した皮膚に重りをのせてどう変化するか、とかいった実験をしていました。リンパ管とか血管の細胞と比べると、皮膚細胞は反応が良く違います。


■歯磨き粉を顔に塗った女性

高齢者施設でボランティアもしていたそうですね。

 社員の社会貢献活動を支援する「ソーシャルスタディーズデー制度」を利用しました。年間3日間、社会活動日を業務扱いとして認める制度です。それを毎年利用して高齢者施設に行って化粧ボランティアと同時に、化粧実態を探るアンケートをとらせてもらっていました。

どんな実態が見えましたか。

 高齢者施設では介護に入るとほとんど化粧しなくなっていました。7割がすっぴん。一方で、元気なシニアの人はほぼ全員メイクもスキンケアをしている。施設にはいると化粧をやめてしまうというのが現状でした。当時会社からは「一瞬も一生も美しく」というコーポレートメッセージが発信されていたこともあり、どんな状況になっても、一生美しく生活できる社会が必要と思い、そうした研究が必要だと上司に訴えていました。

入社5年目に会社も化粧療法研究を認めてくれた。

 2009年ごろです。ちょうどそのころ忘れられない体験もしました。高齢者施設に行ってスタッフさんから入居している男女の恋愛のお話をうかがいました。ある日突然、女性の方が歯磨き粉を顔全体に塗りだしたそうです。自分をきれいにする唯一の所持品だったのです。

歯磨き剤はその方にとっては化粧品だった。

 施設の近くにある駅の商店街では、化粧品がいっぱい売られているのに、なぜそんなことを起きるのか。医療や介護の現場でも化粧が必要と思ってもらえ、高齢者を健康につなげる「化粧療法」のエビデンスづくりへの道を進むという思いを決定づけました。


■化粧の動作は筋トレにもつながる

化粧は筋肉にも影響するそうですね。

 私たちは千葉大との共同研究で、健常な高齢者20人の化粧の時の筋肉への負担や関節の動きについて人間工学的な手法で調べたことがあります。その結果、化粧のときに主に働く五つの筋肉があることがわかりました。まとめて「化粧筋」と呼んでいます。

化粧によって、その筋肉が頻繁に使われる。

 化粧は食事のときの動作の約2~3倍の筋力を使っていることがわかりました。化粧品の容器の開け閉めなどで結構、握力を使います。考え方によっては、化粧容器は握力を鍛える健康器具といえるかと思います。ある介護施設で化粧をするグループとしないグループに分けて握力の変化を比べると、明らかに3か月後化粧グループの握力が増えていました。

握力が増えると、日常の動作にも影響しますか。

 握力がアップしたことで、食事介助が必要な方でも、自分でおわんを持つことができ自分で食事を食べられるようになったという事例を聞きました。

介護職員の負担減にもつながる。

 車いすに乗り移るときや、車いすでトイレに行くとき、手すりを握って移動できるようになればスタッフが2人介助だったのが1人介助にできる。本人にとってもうれしいが、スタッフも負担が減り、施設全体の介護の質の向上にもつながります。


■化粧の力でがん患者支援を

がん患者支援も進めているそうですね。

 いまはがん患者さんにも化粧の力をもっと役立てられないかと考え、研究をはじめています。がん支援団体さんのご協力で去年、調査をしたところ、外見ケアの悩みを相談しにくいと感じている方が多いことがわかりました。抗がん剤治療で髪の毛や眉毛が抜けるとか、血色が悪くなるなどいろんな悩みがあると思うのですが、それを誰かに伝えづらいというのも大きな悩みと考えています。

オンラインの取り組みも始めたそうですね。

 聖路加国際病院で腫瘍内科の北野敦子先生と共同研究を進めています。オンラインで外見ケアをしたらその人の生活の質が変わるのかどうか。コロナで対面の美容セミナーもしづらくなりました。オンラインでアドバイスできればと考え、画面越しに実施してどのような効果があるのかを検証しています。

改めて今後、力を入れたいことは。

 国内のみならず海外においても「健康寿命の延伸」や「がんとの共生」は重要な課題です。課題解決策はいろいろとあると思いますが、「化粧のちから」も選択肢のひとつと思っています。今後も研究を通じて、多くの方々に医療・介護領域における化粧の社会的価値を発信していきます。

池山和幸(いけやま・かずゆき)
医学博士、介護福祉士。専門は化粧療法学。京都大大学院医学研究科で学位取得。2005年に資生堂に入社。高齢者の化粧療法研究に取り組んでいる。
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