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佐々木常雄の「灯をかかげながら」
第21回  我が家の周りで亡くなった人々、変わる風景

掲載日:2022年12月2日 8時45分

急に思い立った庭の小さな木の剪定

 我が家の小さな庭の、わずか数本しかない小さな木の剪定(せんてい)のことを急に思い立った。

 寒くなってきて、ずっと後回しにしていたのだ。

 家人には「庭師さんに頼みなさいよ」と言われ、昨年は頼んでみたのだが、今年は自分でやってみようかと思い立った。

 身体に気を遣って、注意して、今年はこの程度で我慢しよう、これでよいことにしようとほどほどで見切りをつけた。

 それでも、のこぎりを使った後に、腰、大腿部に痛みが出てきた。きっと明日からは、腕の痛みがきて、3、4日続くのだろう。

 自分自身で、体のケアをして、筋肉を柔らかく保とうと思っていても、なかなか年齢には勝てない。

 人間、十分に生きた、人の世話にはなりたくない、ピンコロで死にたい、よく聞く言葉だが、一方では、生物だから生きていたいのは当たり前のことだと思ったりもする。老いたことを身体で感じていても、それでも生きていたい気持ちはどこかにあるのだと思う。


屋上で一緒に日本酒を飲んだ男性はすい臓がんで

 剪定を終わって、屋上に上がってみた。足元に種のようなものが落ちている。きっとカラスが運んだのだろう。

 空を、雲を、そして周りをぐるっと見渡して、ふと思った。

 そういえば、2年前にあった、前隣の○さん家は、新しい木造のアパートに変わってしまった。

 いまは、どんな人たちが住んでいるのか分からない。○さんは、4年前、膵臓がんと診断されて、3か月くらいで、近くの病院で亡くなった。

 我が家の屋上で、一緒に日本酒を飲んだこと、大津の鮒すしを持ってきてくれたことなどが思い出された。テニスが好きで、あんなに元気だったのに、亡くなった時は信じられなかった。すい臓がんは、進行して見つかることが多く、その時は手術はなかなか難しい。放射線原体照射治療、新しい薬物治療、色々な治療法が進歩しても、すい臓がんで亡くなる方は減らない。

 真向いの家は、閉じてしまってから、半年くらいになる。ひとりで住んでいたおばあさんは、老人ホームに入ったらしい。主がいなくとも、夏は庭の百日紅の花が咲いていたが、今は、茶色い葉と木肌だけになっている。木の塀は少し傾いたような気がする。昨日は、女性の方が玄関先で写真を撮っていた。どうも不動産業者らしい。


若い命が一番の希望

 後ろ隣の家では、毎日、老夫婦が、朝10時頃に散歩に出かけていた。いつもおじいさんが先で、3歩くらい後に、おばあさんがついていた。我が家の前を通って、出会うとにっこり、笑顔でいつも挨拶をしていたのが、ある日、救急車が来て、おじいさんが病院に運ばれ亡くなったという。脳卒中だったらしい。

 今は、おばあさんが一人で散歩に出かけている。とても元気なおじいさんと思っていたのに、この世にいないとは信じられない。ひょっこり現れるような気がする。

 この狭い小路に、家がひしめいているのに、昼はシーンとしたままだ。

 急に、下で、小さな子供の声がした。2人の女の子だ。おばあさんのところにお孫さんが来たのだ。

 無邪気な笑い声を聞いて、なにかほっとした。若い命が一番の希望だと思った。 あの子たちが成人したころには、すい臓がんの治療はどうなっているだろうか?

 重なった雲の中から、飛行機が見えてきた。

 駅の方には、もう灯りが見えてきた。

シリーズ「灯をかかげながら」 ~都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員 佐々木常雄~

がん医療に携わって50年、佐々木常雄・都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員の長年の臨床経験をもとにしたエッセイを随時掲載していきます。なお、個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。


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