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佐々木常雄の「灯をかかげながら」
第22回  ヘビースモーカー Kさんのこと

掲載日:2023年2月8日 16時30分

山登りが好きだったKさん

 50年ほど前のことです。Kさんは私よりも7歳ほど上、公務員でした。Kさんは山登りが好きな方で、ある日曜日の朝、父と私を誘ってくれて、3人でG山の山頂を目指して出かけました。Kさんの家を出発し、約30分で途中の某温泉を通りました。私は、「目的地は、山よりもここが良い、ここで良い」と心で思いましたが、自分は一番若いし、言えませんでした。だんだん川沿いの登りになり、川を跨いで進みました。

「どうしてこんな苦労をして登るのか、」そう思いながら、父を真ん中にして、私が前だったり、後ろになったりして進みました。こんなに山奥に来てしまって、帰りも大変な事だと思いました。山行きには賛成したけれど、心から行きたいと思っていた訳でありません。体を鍛える、精神を鍛えると言われたら反論はまったくありません。それでも行きたくないとまでは思ってはいませんでした。

 私が先頭で歩いている時に、車も通れる砂利道の真ん中で、長さ1mほどの太い蛇に会いました。蛇は私の方に向かって、口を大きくあけ、牙を見せました。私は怖くなって後ずさりしました。Kさんが長い棒に絡ませると、草むらの方に逃げて行きました。それから、私は長いものを見ると、蛇ではないかと、びくびくして進みました。

 しばらくして、道端に、腰を下ろして、ひと休みです。Kさんはタバコを取り出し一服です。父と私は、お菓子と水を飲み過ごしました。

布団に入ってもタバコを吸っていたKさん

 夕方、Kさんの家に着くと奥さんが待っていました。

 父の好きな、豆腐の入った肉汁です。地元の牛は、格別うまいとの評判どおりに、とても、美味しく2杯おかわりしました。

 Kさんはタバコを吸うのに忙しく、1杯だけでした。

 二階にKさんと私が布団を並べて寝ることになりました。

 Kさんの枕もとに、灰皿、タバコが置いてあります。

 Kさんは布団に入ってからも、腹ばいになって、灰皿を相手に吸うのです。

 少し、かっこよくさえ見えました。当時、タバコと肺がんとの関係を今ほど言われてはいなかったと思います。

 まさに、Kさんはヘビースモーカーでした。1日20本以上はゆうに超えていたと思います。

 この習慣は何年も続いたと思います。Kさんは定年を迎えて4年後に、某病院に入院したと聞きました。私は、日曜日にさっそくお見舞いに行きました。X線写真を見せていただいたところ、右胸水があり、左の肺野にも丸い大きな影がありました。足もとには酸素吸入器が置いてありました。Kさんは「扁平上皮がんだって… 抗がん剤治療をするみたいです。希望されるなら緩和ケア病棟に行きますか? とも言われました」と話されたのです。

 私は「できれば、抗がん剤で治療して、早く良くなって下さい」と言いました。

 その後の詳しい経過は分かりませんでしたが、残念ながら3ヵ月後に亡くなりました。奥さんの嘆きは大変なものでした。

種々のがんの原因となる長年の喫煙

 今、思えば、Kさんの肺がんは、明らかにタバコによるものだったと思います。 長年の喫煙が肺がんなど、種々のがんの原因であることは科学的根拠をもって示されています。いまは、喫煙防止の啓発が進み、喫煙者はだんだん減ってきています。

 しかし、多くの官公庁内での喫煙は禁止されているのですが、ある庁内の売店ではたばこを販売している所があるのには疑問に思います。

 また、最近の国会で、防衛費を増やす議論の中で、タバコ税をもあてにしているようなことは、喫煙防止啓発とは矛盾しているように思います。

 あの時、Kさんがタバコを止めていたら、肺がんにならなかったかどうかは分かりませんが、止めるように言わなかったことが悔やまれます。

シリーズ「灯をかかげながら」 ~都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員 佐々木常雄~

がん医療に携わって50年、佐々木常雄・都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員の長年の臨床経験をもとにしたエッセイを随時掲載していきます。なお、個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。


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