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「歩くこと」をめぐる3つの話

掲載日:2018年5月21日 13時12分

 日本対がん協会会長の垣添忠生の「全国縦断 がんサバイバー支援ウォーク」は、5月3日に第5回を終えました。新潟から出発して、主に国道17号(中山道)を戻る形で埼玉県熊谷市まで。  訪れた病院は群馬県立がんセンター1カ所ですが、濃密な旅となりました。多くの方の支えや病院訪問の様子は特設サイトの一言ブログとインスタグラムにアップしてきたので、今回は「歩くこと」をめぐる3つの話をまとめます。
 

5月2日、群馬県立がんセンターで。充実した訪問となった。

 私は旅先で、毎日メモを取ります。たいていは、夕食前に1時間ぐらいかけて。その日の出来事や考えたことなどを振り返るのです。  第5回ウォークの最中のメモにも綴りましたが、歩くことには、3つの要素があると考えています。①追憶、②自然との一体感、③肉体と精神の統一です。  ちょっと唐突かもしれませんね。こういうことです。

一生の収穫を得た熊谷時代 ~①追憶について~

 歩いていると、風景や地名などに触発されて、妻をはじめ、友人、患者さん、自分の過去などが頭をよぎります。一言ブログでも書きましたが、妻と紅葉を見に行った湖を思い出したり、私が担当した手術が成功して、20数年間もコシヒカリを送ってくださった精巣がんの患者さんの顔が浮かんだりしました。  第5回ウォークのゴールは、埼玉県熊谷市でした。
 私は泌尿器科医ですが、若いころ、「専門外の腹部外科で修業したい」と母校の東大医局に申し出たことがあります。泌尿器科医が見る腎臓や膀胱は、胃や腸を覆う腹膜の裏側にあります。そこで、「腸などおなかの中も自在に扱いたい」と考えたのです。 「ゲルマン民族の大移動」とさえ呼ばれた医局の人事構想に外れるので渋られましたが、「それなら辞めて行きます」と強く出ると、認められました。
 修業先は、熊谷市の藤間(とうま)病院。兄弟で始めた個人病院なのに、コバルト治療機器を日本で初めて導入するなど先進的でした。
 弟さんの藤間弘行先生が副院長で外科部長でした。藤間先生の針さばきは、まさに「精妙」。最後におなかを閉じる際に、「垣添君、筋肉ではなく、(筋肉を覆う)筋膜の前と後ろ(前葉と後葉)を合わせるのです」と教えてくださいました。  針をかける際、筋膜を大きく引っかけて筋肉を少しだけ引っかける。見事でした。
 私が胆のうなどの手術をした際、藤間先生が「前立ち」という第一助手の役割をしながら指導してくださったことがあります。手術しやすいように、大きな手で、覆いかぶさっている腸をどけてくださる(「視野を展開する」と言います)。手術が簡単にできて、腕が上がった気がしたものです。
 熊谷では、妻と暮らしながら、猛烈に働いたけれど、一生分の収穫を得ました。
 今回のウォークでも、思い出深い藤間病院に寄ろうかと考えましたが、代も替わっているのでやめました。国道17号は、熊谷から東京の家へ何度も往復したので、強く印象に残っています。

旅先で取っているメモ。忘れないうちに書くことが肝要。

歩くことは一番の贅沢 ~②自然との一体感について~

 私は生き物なら、動物、鳥、昆虫、植物を問わず、なんでも好きです。生物学の面白さに目を見開かれた原点は蝶です。日本対がん協会の会長室にはさまざまな図鑑や写真集を置いていて、ゾウムシの図鑑にも癒やされます。
 今回のウォークでも、さまざまな自然との触れ合いがありました。林がガサガサっと鳴ったのでじっと見ていたら、イノシシでした。妻が好きだった矢車草が青い美しい花を咲かせていました。ツバメが信濃川の上を飛んでいました。ツバメは駅の上や水田の上にもいました。不思議と山の中にはいません。代わりに、キジが山の中をバタバタッとまっすぐに飛んでいく姿も見えました。
 八海山、中ノ岳、越後駒ヶ岳の越後三山(魚沼三山)、谷川連峰、榛名山、赤城山と日本の名山に守られるかのように歩いてきました。利根川をはさんで西が榛名山と東が赤城山、という地形的な面白さも味わえます。
 妻を亡くした後に四国八十八ケ所巡りをしたときに、宿で一緒になったお遍路3回目という方から「歩くことがいちばんの贅沢です。いろんなものを見られます」と言われました。その通りだと思います。車を運転していると、視野は狭くなります。自転車だって、キョロキョロするわけにはいきません。
 歩くからこそ、周囲の自然と一体になれるのです。雪、梅、桜、新緑といった季節の移り変わりや土地の変化も肌感覚でわかります。

4月30日。群生する矢車草。青い花がきれいだった。

歩くことは哲学でもある ~③肉体と精神の統一~

 これもお遍路のときのことです。  最初は体が慣れず、思考能力ゼロになり、機械的に1から100まで数えたり、「いち、に、いち、に」と頭の中で反芻したりしながら足を出していました。映画『八甲田山』(原作は『八甲田山 死の彷徨(ほうこう)』)でも、過酷な雪中行軍を強いられた兵士が数を数えながら歩く場面があり、強く印象に残っています。
 お遍路では、ある程度歩いていくと、体が慣れてきて、精神が追いついてきます。宿から太平洋に沈む夕日の複雑な色の競演を眺めていると、いろんな発想が浮かんできます。精神と肉体が統一されているのは最高の状態だな。そう思いました。
 今回のウォークでも同じです。  いま、『トレイルズ』という翻訳書を、線を引きながら読んでいます。アメリカ東部のアパラチア山脈のふもとをつなぐ自然歩道約3500キロ(今回の私のウォークと同じ距離です!)を歩いた記録です。副題に「『道』と歩くことの哲学」とあるように、著者は道の連なりの意味について考え、そもそも生物はどのように世界を認識するようになったのか、といった根源的な問いまで掘り下げています。
『ウォークス』という翻訳書では、「歩くこと」が思考と文化に深く結びつき、創造力を生み出すことが描かれています。アリストテレスも、カントもヘーゲルもよく歩きました。哲学者ばかりでなく、20世紀の物理学者のハイゼンベルグも歩きながら物理学の構想を得ました。ゲーテも決まった時間に散歩をしていたそうです。  哲学的に省察した本はたくさんあります。歩くことは頭の働きを活性化するのです。

人生はブラウン運動

 物理学にブラウン運動と呼ばれるものがあります。  気体や液体中の微粒子の不規則な運動のことです。暗い部屋に光が射すと、ほこりが舞っていて、お互いにぶつかり合って思いがけない方向に飛んでいることがわかりますよね。あれです。
 私は常々、「人生はブラウン運動である」と言っています。人生は、思いがけない出会いの連続に導かれるのです。  旅はその象徴です。だからこそ、旅先では、偶然の出会いを大事にしています。
 平澤智さん(新潟県小千谷市のパソコンショップ「マッハプランニングオフィス」を経営)との出会いもそうでした。スマホが壊れたときにデジカメを無償で3日間も貸してくださり、写真の送付まで引き受けていただきました。  平澤さんのほかにも、群馬県立がんセンター、リレー・フォー・ライフ、日本対がん協会の各支部のみなさんなど、今回も、たくさんの方のお世話になりました。どうもありがとうございました。

4月29日。雪をかぶった谷川連峰。

 このページでは、同行していた方々にご提供いただいたお写真も掲載させていただきました。撮影者のお名前は省略させていただきます。ご協力どうもありがとうございました。
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