見て、食べておいしい、介護食をあきらめない

2021年5月1日

 「世界一、愛してる」と毎日のように妻に伝え、笑顔を絶やさなかったアキオさんが、口腔底がんを患ったのは53歳の時。手術で口の中を大きく切除し、下顎の麻痺などがあって、ものをうまく噛むことができなくなってしまいました。

 病院食を食べるのに四苦八苦し、彼から笑顔が次第に消えていく……。妻のクリコさん(通称)は、「アキオを元気にする!」という思いで試行錯誤を重ね、見た目も味もおいしい料理を考案。アキオさんは回復に向かっていきます。

 夫婦二人三脚で生み出した『希望にあふれたごはん』とは。食べることと向き合い続けた二人の愛あるストーリーを伺いました。

保森千枝さん(やすもりちえ)さん

1960年生まれ、東京都出身。料理研究家・介護食アドバイザー。通称、クリコさん。大手IT企業に勤務し、アキオさんとの結婚を機に退職。彼の後押しで自宅でイタリアンと和食の料理教室を始める。アキオさんは肺がんを患い、その後、食道がんと口腔底がんを併発。クリコさんは夫を元気にするため、「味が良くておいしそうな介護食」作りのノウハウを確立し、職場復帰を実現させる。新作レシピを「やわらかい、飲み込みやすいクリコ流 ふわふわ希望ごはん」(http://curiko-kaigo-gohan.com)に掲載。著書に「希望のごはん」「噛む力が弱った人のおいしい長生きごはん」がある。

「味覚は大丈夫」と分かり、病室で歓声がわいた

「これから楽しいことをたくさんしよう」と夫婦で話していた矢先、アキオさんは52歳で肺がんを患いました。右側の肺の上部切除の手術を行い、53歳を迎えた頃に今度は食道がんが見つかります。

「病院の先生は初期だから手術をすれば大丈夫と安心させてくださったんですが、主人はなぜか口の中を検査したいと言うんです。舌の付け根のところに口内炎が広がっていて痛かったらしくて。診てもらったら口腔底がんでした」と、妻のクリコさん。

 何があっても前向きなアキオさんでしたが、この時ばかりは弱気に。「先生に任せれば大丈夫だから」とクリコさんが元気づけたと言います。

 8時間に及ぶ手術は無事に成功。ただ、クリコさんが気がかりだったのは、味覚に障害が残るかもしれないということでした。

 「先生から後遺症として残る可能性があると言われていました。噛めて、飲み込めても味がわからなかったらどうしようと心配で。神に祈るような気持ちでした。術後、1ケ月がたって、具のないお味噌汁を飲んだ主人が〝おいしい〟と行った瞬間、病室にいた医療チームから、うわーっと喜びの歓声が湧きました。これで私がおいしいものを食べさせてあげられる、とほっとしたことを覚えています」

介護食の情報がなく、ゼロからスタート

 ただ、アキオさんには下あごの麻痺が残り、使える下の歯は奥歯1本だけ。口内環境の大きな変化により、病院食の3分粥とムース状のおかずを1時間半かけても半分ほどしか食べることができない……。完食する前に次の食事、昼食や夕食が運ばれてきてしまうという日々を送っていました。もう疲れた、と言うアキオさん。

「私が味見をしてみたら想像以上においしくなかった。いくら噛めないからといって見た目も、味もよくない食事はかわいそうだと実感しました」

 手術をしてから37日後に退院。クリコさんは料理研究家として仕事をしていましたが、アキオさんに対してどういうものを作ったらいいのかは手探り状態です。病院で嚥下障害食の資格を持つ看護師さんに話を聞きましたが、アドバイスは「柔らかければいい」ということだけ。高齢者向けの介護食がヒントになるかと思い、レシピ本を探しましたが、参考になるものは見つかりませんでした。

「当時は、在宅介護が増えていたものの、食事作りに悩んでいる方の声はまだネットなどにはあがっていませんでした。もしかして私ひとりが過敏になりすぎてるの?と孤立感を深めていったんです」

大好物、クリームシチューで光が見えた

 悩んでいる時間はないと、まず、実践してみたのが病院食の真似をしてみること。

「主人はクリームシチューが好きなので、完成したものをミキサーにかけてみたんですが、どろどろでとてもおいしそうには感じられません。これを主人に出すわけにはいかないと思いました」

 アキオさんは小さな固形物なら食べることができていたので、にんじんやじゃがいもを形が残るギリギリのサイズの7mm程度に角切りし、スープでくたくたに煮ることに。さらに、肉の代わりに、脂質があって飲み込みやすいサーモンのハラスを加熱して加え、味だけでなく、見た目にもクリームシチューとわかる一品を作り上げました。


クリコさんがアキオさんのために考えたクリームシチュー。具材の色や形がわかり、見た目にもおいしそうだと思えるレシピを日々考えるきっかけになった料理です。

 口にしたアキオさんは「これ、おいしい!」と大喜び。
「視界が開けた気がしました。介護食で大切なのは『食べやすい、飲み込みやすい』ということ。主人の場合、細かく刻んだものは、とろみをまとうことで口の中でまとまり、ごっくんと飲み込むことができる。クリームシチューを応用すればさまざまな料理に挑戦できると思えたんです」

アキオさんを「観察」することで新メニューが生まれた

 クリコさんが心がけたのは、アキオさんの状態をきちんと見ることでした。

「舌が短く、歯がないアキオが、どういうものだったら食べられるのか。具材の柔らかさはどれくらいがいいのか。いつも観察していましたね」

 昨日食べられたものが今日は無理と、状態が一定しないことはありますが、観察を重ねて軸がわかってくると、どんな料理が食べやすいか見えてくると言います。

 ある時、たまたまあった牛肉の大和煮の缶詰を食べてみたアキオさん。試しに口にしたものでしたが「おいしい」と、どんどん箸が進んだそう。これくらいの柔らかさの肉だったら食べられるとわかったことから、クリコさんは「ふわふわ鶏シート肉」を生み出します。以前から作っていた鶏団子をヒントに、鶏ひき肉に大和芋と豆腐を加えてふわふわ感を出し、さらにシート状にして肉の形を再現したもの。

 これを使って、バンバンジーを作ったところ「これ、僕が食べて大丈夫なの?」と、形のある肉料理に不安そうなアキオさんでしたが、難なく食べられ、「クリコ、天才!」と大絶賛でした。


柔らかいシート状にした肉を使っていつもの料理を再現。鶏肉だけでなく、牛肉や豚肉でも挑戦し、アキオさんはトンカツやすき焼きも楽しめるようになりました。

「見た目の期待感や驚きって、とても大切だとあらためて思いました。主人が見た瞬間に『食べたい!』と思う料理を作ろう、と。介護食だからといって、あきらめる必要はないんです」

 アキオさんが喜ぶ姿が原動力となり「介護食を作るのってこんなに楽しい」と思えるようになったクリコさんは、新たなレシピを次々と考えていきます。

さまざまな「ピュレ」が負担を減らしてくれた

 毎日3食を作るのはもちろん、特に昼食と夕食は「小さなポーションで品数豊富に」と、それぞれ8品ほどもの料理を作っていたクリコさん。料理研究家とはいえ、その労力は大変だったに違いありません。

 その負担を減らしてくれたのが「ピュレ」でした。
「ほうれん草、かぼちゃ、ブロッコリーなどを茹でてミキサーにかけ、冷凍しておくんです。時間も手間もかからなくなって、かなり楽になりました。例えば、お粥が続いて飽きちゃうなと思ったときに、かぼちゃのピュレを加えれば『かぼちゃのリゾット』になるし、一品足りない時には出汁を加えてスープになる。チーズをかけて焼けばグラタンにもなるし、手軽にアレンジできるんです」


野菜の色が残って、見た目にも楽しさを加えてくれるピュレ。食事のたびに茹でたりミキサーにかけたりする手間が減って、クリコさんの心にも余裕が生まれました。

 さらに、ミックスきのこやソーセージ、飴色たまねぎなどもピュレに。うま味を加えてくれるものも増え、料理の幅が広がりました。色もカラフルで見た目もかわいい「冷凍野菜ピュレCube」は料理を楽しくしてくれるものなのです。

「栄養があって誰が食べてもおいしい。介護食用でなくてもストックしておくと便利ですよ。私は今でも活用しています。仕事から帰って急いで夕飯を作らなくちゃいけないときに、ポタージュとサラダなら15分くらいでできます」

「豊かな介護食」を広めていきたい

 クリコさんが情熱を持って介護食を作り続けられた根底には、「使命感」がありました。アキオさんは口腔底がんの手術のあと、食道がんの手術を控えていたからです。

「食道がんの手術をするためには、しっかり体重を戻して体力をつける必要がありました。だから『体重がうまく戻らなかったらどうしよう』『戻らない間に食道がんが進行したらどうしよう』というプレッシャーが常にあって。でも、アキオががんばってくれたおかげで5ヶ月の間に体重を7kg増やすことができたんです。先生から『こんな短期間で戻せるなんてすごい』と言っていただき、手術が受けられることになった時は、嬉しくて病院で泣き崩れました」

 無事に食道がんの手術を終え、その後もクリコさんの食事を食べて回復したアキオさんは職場復帰まで果たします。しかし、その後に肺がんが再発し、クリコさんの元で生涯を終えました。

「黙って苦しみに耐える姿を見て、武士のような人だと感じました。余命の恐れや痛みにも弱音をもらすことはなくて。悔しさはありますが、最後まで、私を笑わせるとか楽しませることに徹してくれた主人でした」

 それからのクリコさんは、アキオさんに作り続けた料理の経験を生かし、料理教室や介護食のレシピ開発など携わり、忙しい日々を過ごしています。

「コロナ禍になって料理教室などができなくなったのは残念でしたが、ゆとりを持てるようになったのは大きいですね。それまで、映画や音楽はいっさい観たり、聴いたりできなかったんです。というのも、それは主人と二人で楽しむものだったから。でも、去年、たまたまドラマを観たらすごく面白くて! それから映画も音楽も楽しめるようになりました」

 そして、食事を見直すきっかけにもなったと言います。

「家での仕事が増えて3食きちんととることで、心も体も健やかになるんだとあらためて実感しました。仕事でアウトプットばかりしてインプットできていなかったんだな、と。寝る前にいつも思うんです。今日も3食おいしいごはんが食べられて幸せだなって。ニマ〜と笑いながら眠りにつきます」

 アキオさんの生き様、強い思いのバトンを受け取り、クリコさんの歩みは力強く進んでいきます。

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エピソードをひとさじ

今回の取材は、新型コロナウイルスの感染を考慮してオンラインにて行いました。撮影ができなかったため、お写真はクリコさんからお借りして掲載しています。ピュレのあまりの色の美しさに、編集部でも実際にほうれん草のピュレを作ってみました。手軽にできて栄養もあるうえに、手軽にスープにしたり、焼いた肉や魚に添えたりと重宝しています。皆様もぜひお試しください。レシピはクリコさんのHPやご著書に掲載されています。

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