食のプロだからこそ伝えたい、 「おいしい」が持つ、元気を育むチカラ

2021年2月1日

 子供の頃から食べることが大好きで料理研究家となり、食の楽しさを伝え続けていた重野佐和子さん。38歳のときに大腸がんを患い、彼女にとって最も大切な「食の喜び」を奪われてしまいます。

 がんは切除して終わりではありません。消化器系の大腸がんは退院後の食生活が難しいことが多く、自身も便秘や腹痛などに苦しみました。

 そこで「自分と同じ悩みを抱えている人の助けになりたい」とオリジナルレシピを作り、患者目線からの食材の選び方、食べるコツをブログや本で発信。がんがきっかけで生まれた新たな挑戦が彼女をいっそう輝かせていました。

重野佐和子(しげのさわこ)さん

1961年生まれ。神奈川県出身。料理研究家。短大卒業後に料理研究家・上野万梨子氏のアシスタントを経て、渡仏。ル・コルドン・ブルーで学び、帰国後は横浜でフランス料理とお菓子の教室を開講する。38歳の時に大腸がん(直腸がん)と診断され手術を受け、退院後は1年間休業。自身で食事管理、体調維持をした経験をRicoの名前で執筆したブログをきっかけに『きょうも、おいしく―大腸がん術後の体験談&レシピ』を出版。復帰後は雑誌や書籍にて、料理・お菓子のレシピ考案のほか、広告、レストラン、カフェのメニュー開発などに携わる。著書に『大腸がん・大腸ポリープ 再発予防のおいしいレシピ』『バターも乳製品も使わない おからパーフェクトマフィン』などがある。

「恐らく痔でしょう」という話から一変

 「トイレで下血をして便器が真っ赤に染まり、これはただ事ではないと思い病院に行ったんです」
 それは重野さんが38歳のとき、料理研究家として多忙な日々を送っていた時期でした。

 医師からは、「年齢的にがんの可能性は低く、おそらく痔でしょう」と言われました。数日後に痔の検査に行った際、別の医師から「念のため内視鏡検査も」と検査をした結果、「大きな病院で精密検査をしてください」ということになったのです。

 その際に「再検査の病院をいくつか紹介するので、今選んでください」と突然判断を迫られたものの、急な展開に気持ちがついていけず、すぐには選べませんと答えるのがやっと。
 いったん家に持ち帰り考えた末、国立がんセンター(現 国立がん研究センター)で再検査を受けることに決めました。

 「国立がんセンターを紹介された時点で、がんの可能性があるんだと察知がつきました。不安でしたが、少しずつ覚悟みたいなのができてきたというか……」

 当時の状態を振り返ると、下血以外に目立った症状はなかったものの、体調が万全だったわけではないと話します。
「もともと下痢症で、仕事柄食べる機会が多くよくお腹が痛くなっていました。疲れやすく腰痛がありましたね。今考えると、腰の痛みは大腸がんの症状のひとつだったのかなと思います」


「仕事柄、食べる量も回数も多かったと思います。それが病につながったのかもしれないと考えることもあります」

術後に食べたおかゆのおいしさが忘れられない

 国立がんセンターで直腸がんという診断を受け、手術を行い、ステージ3と告げられました。
「手術が終わって、初めて飲んだ水やおかゆのおいしさは今でも忘れられません。それまで栄養は点滴でとっていましたが、おかゆをひと口食べただけで、これから元気になれるんだという希望が湧いたのを覚えています」

 重野さんにとって何よりも大切な「食べること」が、前に進むための大きなエネルギーになっていました。一方で、食がプラスに働くこともあればマイナスに転じることもある……。その現実を、身をもって体験することになるのです。

「退院した日、嬉しくて病院の帰り道にパン屋さんに寄って大好きなサンドウィッチをどっさり買い込んだんです。勢いよく食べたら、すぐに胃のまわりが硬くなってきて、激しい腹痛が起きました。そのままベッドに直行で……。甘く見ていたんですよね。普通のごはんが食べられると思い込んでしまったことを反省しました」

 病院では「大腸がんになったからといって、食べてはいけないものはないんですよ」と言われていたものの、それはしっかり回復してからの話でした。


大好きだったうなぎを食べると腹痛を起こすようになってしまいましたが、「穴子は大丈夫だったのでうまくシフトできました」

体の声に耳をすまし、どう食材を選んでいけばいいのか

 重野さんが手術を受けたのは約20年前。がんの状態から判断して腹部を約30cm切るという開腹手術でした。

「今だったらそこまで切らないと思いますけどね。やはり開腹手術は体への負担が大きくて傷口が痛むし、体力も落ちた気がします。退院後、一番大変だったのが便通やガスのことです。下痢症だった私が激しい便秘症になることが増えて、食べることが怖くなる時期もありました。でも、食べないと元気になれないし……」。

 食べなければいけないことはわかっているけれど、食べた後のことを考えると不安になってしまう。試行錯誤の毎日だったと言います。

「便秘になったとき、健康な人の場合は、食物繊維をとることがいいとされています。でも、大腸がんの手術後は逆なんです。腸の力が弱いため、残渣があるものを処理しきれません。私もそうでしたが、がんになられた方は再発しないよう、腸活にいいとされる根菜、雑穀、玄米などを積極的にとろうとすると思います。しかし、腸が回復していないとかえってダメージになってしまうんですよね」

 体調がよくなり始めた頃、外食して帰宅すると激しい腹痛を起こしたり、腸閉塞で入院することもありました。さまざまな経験をしながら、体の声に耳を澄まし、体調に合わせた食べ物を選んでいくようになったのです。


どの食材だったら大丈夫なのか、試しながら食と向き合ってきた重野さん。調理法の試行錯誤には料理のプロの視点がありました。

自分とっての軸を持つと前に進める

 では、どのようにして食事のコントロールをしていったのでしょうか。
「最初のステップは、消化の悪い不溶性食物繊維の多い食材は選ばないこと。そして、柔らかく煮る、細かく刻むなどして消化しやすく調理することです。消化に負担をかけるあぶらっぽいボリューム料理も避けるようにようにします。それらを心がければ腸への負担がぐっと減ります。

 でも、食物繊維をずっととらないでいるのもだめで、体調が落ち着いていきたら次のステップへ進むことも大切なんです。というのも食物繊維を摂取しないと、腸の運動能力が落ちて消化、吸収、排泄がスムーズに行われなくなります。少しずつ腸を鍛えていく必要があるんです」

 食物繊維は1日20〜25gとるのが目標とされていますが、重野さんは1週間でこのくらいの量を食べればいいと大まかに決めて実践していきました。とりすぎて調子が悪くなったら、最初のステップに戻す。行ったり来たりしながら、体調を整えていったのです。

 また、空腹時間が長いと胃腸に負担がかかるため、食欲がなくとも、3食とることをルーティンに。
「朝はだいたいパン食を中心にヨーグルトを必ず食べ、昼は軽めにして、夜は栄養のバランスを考えた料理を心がけました。そうすると体調がいいんですよね。さぼると下痢しちゃったりと、うまくいかないこともありましたが、やっていくうちに自分の体のことが少しずつわかってきました」

 体調を考えた料理を自分で作り食べれば、必ず元気になれる。その自信が心の支えにもなっていました。

「『これをやっているから大丈夫』って思えるものがあると、安心できるんです。私の場合は食でしたが、ある人にとっては定期的に運動することかもしれません。自分にとっての軸を持つと、ぶれることなく前に進める。私自身も、退院後は動物性脂肪を極力減らしたり、健康食品を取り入れたりとあれこれ迷いましたが、結果的にシンプルな食が自分に合っていたみたいです」


「腸閉塞が怖くて食べた後に下剤を飲むのが習慣化してしまう方もいらっしゃいます。食でうまくコントロールできたらいいですよね」

家族や友人と一緒に楽しめるメニューを

 退院後は1年間仕事を休み、体調管理に徹した重野さん。そんな自分の経験をRicoという名前でブログに発信していきました。

「手術後に病院で読んだ術後の本にあった食事がさびしいもので、夢も希望もないと思ったんですよ(笑)。病人だから、おいしいものを我慢しなきゃいけないことはない。そう思って、大腸がんを患った方たちにも食べやすい食事のヒントをブログで紹介していきました」

 とくに重野さんが大事にしたのが、温かな食卓の姿です。
「退院して通常の生活に戻ったとき、大腸がんを患った患者さんのために別メニューを作るのは、家族にとってかなり負担なことですよね。患者さんにしても、自分だけ違う料理だと疎外感を抱いてしまいます。食事は大事なコミュニケーションの場です。家族や友人たちと一緒に楽しめるアイデアを本や雑誌などで伝えていきました」


重野さんが出版した本。「病院から大腸がんの患者向けに食材の資料をもらうのですが、それだけでは料理への応用の仕方が分かりません。その点を私の本でカバーできたら」

 そのひとつが今回、作っていただいたロールキャベツ。ひき肉ではなく、赤身肉を使い、余計な脂を取り除いてたたいて作ります。ひき肉に比べて脂を抑えられて消化しやすいうえ、臭みがなく、新鮮で旨味のある仕上がりになります。


牛と豚の赤身を包丁で叩いてミンチにしていきます。いつもこうしてひき肉を作り、料理に使うそう。

 できた餡を茹でたキャベツの葉でくるみ、あっさりとした昆布だしで煮込んだロールキャベツ。患者さんはそのままで、家族用にはサワークリームをのせてアレンジします。


さっぱりしたロールキャベツにサワークリームをのせるひと手間でクリーミーさが加わります。

「これなら手間をかけずに、みんなで同じ料理を楽しめます。私は術後すぐから家に友人や家族を呼んで食事をすることが多かったので、お互い気を遣うことのない楽しい食卓になりました」

これからは、いっそう「腸活」に特化した食を提案

 復帰後、料理研究家として活躍するほか、日頃から食べていたおからをヒントにして「おからマフィン」を考案し、それがたくさんの人から支持されました。バターを使わないヘルシーなスイーツで、作り方が学べる教室は、自分自身や家族の健康のためにと多くの生徒さんで人気に。横浜市・元町におからマフィン専門店もオープンし、10年ほど続けたのちに2020年に閉店して別の活動を考えていると言います。

「これからは、自分の経験を生かして、よりいっそう腸活に焦点を当てて活動していこうと思っています。元気だった同世代の友人たちも、健康面で悩みが増えてきたという話を聞きます。病を患った方だけでなく、幅広い方々へ向けて、健康になれて、かつ、おいしい料理やお菓子を届けていきたいです」

 根っからの食いしん坊の重野さんが、これからどんな食の広がりを見せてくれるのか、わくわくさせられます。

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エピソードをひとさじ

今回、取材をお願いしたきっかけは、『がんサバイバーキッチン』へ投稿してくださったレシピでした。「消化がよくて作りやすく、さらに家族や友人と楽しめるものをと考えて『豆腐白玉の黒みつがけ』を投稿したんです。一般の方がレシピを投稿する場なので、料理家の私が書いてもいいものか迷いながらも、誰かのお役に立てたらという気持ちでした」と言います。手軽に作れるうえに、患者さんの気持ちに寄り添ったレシピを見て、重野さんにもっとお話をお聞きしたいと取材をお願いしました。ぜひ、そちらのレシピも見ていただき、作ってみてください。みなさまからのレシピの投稿もお待ちしております。(編集部) がんサバイバーキッチンはこちら https://oishi-kenko.com/tieups/56 「豆腐白玉の黒みつがけ」はこちら https://oishi-kenko.com/recipes/16697

わたしの逸品

消化にやさしい ロールキャベツ

調理時間
1時間以上
主な材料
牛肉、豚肉、キャベツ、ミニトマト、サワークリーム
栄養価(1人分)
食塩相当量1.7 g
エネルギー191 kcal
たんぱく質14.3 g
投稿者のコメント
大腸がんを患ったことで、患者も家族も同じメニューを食べられたらと考えたレシピです。あっさりとした和風だしで煮込んでいるの......

みんなのがん手帖 がんサバイバーの方の「食」との付きあい方に焦点を当ててご紹介

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