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【イベント報告】「自分にハッピーな言葉を聞かせて、不幸のマウントを取らない」
タレント・友寄蓮さん
ネクストリボン2020 
第2部「がんについて語ろう」 その1

掲載日:2020年5月26日 9時42分

 ネクストリボン第2部のテーマは、<がんについて語ろう 「がんとともに生きる、寄り添う」>。高校生で白血病を体験したタレントの友寄蓮(ともよせ・れん)さん、夫をがんで亡くした介護職アドバイザーのクリコさんらの講演のほか、「ネクストリボン×BIG UP!」のイメージソング優秀賞の3組の発表などがあった。まずは友寄さんのお話から。

(文・日本対がん協会 中村智志)


告知を受けて、「正しい治療が受けられる」

「未来を生きると信じて」
 タレントの友寄蓮さんが、上野創・朝日新聞社教育企画部ディレクターを聞き手として行った対談のタイトルは、多くの人の共感を誘った。

友寄蓮さん。東京都出身。芸能活動と並行して講演や献血の必要性を訴える活動もしている。

 友寄さんは1995年生まれ。高校2年のときに急性リンパ性白血病と診断された。競泳の池江璃花子選手と同じタイプのがんだ。

 当初は、咳が止まらないなど風邪のような症状が続いた。やがてふらふらになり、息切れがする。学校でもずっと席で眠ってしまう。だが、3カ所の病院に行っても診断がつかなかった。ある日、鼻血が止まらなくなった。体に触れただけで、あざができるようになった。

 その状態になって受診すると、はじめて白血病とわかり、すぐに入院となった。

「白血病と告げられたときは、ドラマのように重々しくはなかったです。私も、これでようやく正しい治療が受けられる、という安心感のほうが大きかったです」


ムーンフェイスの写真を公開する理由

 治療は抗がん剤投与のみで、約1年4カ月にわたる闘病生活を送った。
 脱毛は覚悟していた。しかし、ステロイド剤の副作用で、顔が満月のように膨らむムーンフェイスになることまでは知らなかった。お見舞いに来てくれる友人たちも知らず、「思ったより太っていてよかった」などと悪気なく言われて、傷ついたという。

 友寄さんは、このころの写真をスライドで会場に映した。髪の毛は治療の影響で抜けていて、顔が真ん丸になっている。
 上野氏が聞いた。
「こういう写真をオープンにしているのはなぜですか?」

「当時、ムーンフェイスが本当に治るのかと思ってネットで検索したのですが、公表している人がなかなかいなかったのです。今は闘病中でムーンフェイスになっている人たちが、私の写真を見て、治るというロールモデルにしてくれたらと思ったからです」

友寄さんが見せた闘病中の写真。ムーンフェイスになっている。


100回以上の輸血で実感したこと

 とはいえ、治療中の心境は複雑だった。母に当たったり、自分が悪かったから病気になったのかな、と考え込んだり。死んでしまおうと思ったことさえあった。
 そんなとき、同じ小児病棟にいた脳に病気を抱える中学3年生の女の子から、こんな言葉を聞いた。

「病気になったのが私でよかった。こんなにつらい思いを大切な家族にはさせられない」
 それから、友寄さんも、「白血病になったのが、我慢ができる自分でよかった」と思い、病気に向き合えるようになったという。

 治療中、100回以上も輸血を受けた。誰かの血液が入ってくると、だんだんと体が温まってくる。
「命を分けてもらっている、と実感しました。100人以上の方から、血液と同時に優しさやパワーをいただいたのです。それが、がんばる糧になりました」

 もっとも、治療が終わってもすぐに元通りにはならない。友寄さんは、ようやく見つけたアルバイト先のイタリア料理店で、コーヒーカップ一つを持つのも重くて苦労したという。免疫力も下がっているので、人混みは避けた。

 それでも、半年後に芸能界入りを果たした。ところが、白血病を公表すると、ネットで「おまえよりきつい人はいくらでもいる」などと、心ない攻撃を受けた。まだ18歳だった。ここでも友寄さんは前を向いた。

「最初は落ち込みました。けれど、言葉をぶつけられるぐらい元気に見えるんだな、安心材料にしてしまおう、ととらえました」

手書きのメッセージを添えたスライドには親しみを覚えやすい。


あたりまえのありがたさ

 今、言葉の力の大きさ、難しさを感じている。
 しばしば指摘されることだが、「がんばれ」と言われると、「これ以上どう頑張れっていうの」と感じたという。また、「大丈夫?」と聞かれると、どんな状況でも反射的に「大丈夫」しか答えられない。
「何してほしい、何すれば助かる?、と具体的に聞いてもらうと答えやすかったです」

 上野氏から、「それなら、うれしかった言葉は何ですか?」と聞かれると、こう答えた。
「ディズニーランドへ行こうねとか、未来の約束をしてもらうことです。未来に命が続いているんだな、という安心感もありました」

 友寄さんが心がけているのは、ハッピーな言葉を使うこと。
「自分が話す言葉って、自分が一番聞いています。スマホで打つ文字も、自分が一番目にしています。だから、自分にハッピーな言葉を聞かせてあげて、不幸のマウントを取らないことが大事かなと思います」

 退院後は、悩みがあっても、「あんなにつらい病気を乗り越えたから大丈夫」と考えて我慢した。それが、自らを追い詰めてしまったこともある。今は、そのときどきの自分のSOSを受け止めるようにしている。

 大事にしている言葉がある。
「明日死ぬと思って今日を過ごし、未来を生きると信じて今努力する」

 インドのマハトマ・ガンジーが「明日死ぬと思って生きなさい。永遠の命だと思って学びなさい」という言葉を残しているが、それをもじったわけではない。闘病中に降ってきたのだという。

「会いたい人に会える、口から食べておいしいと感じる。奪われることで、あたりまえのありがたさがわかりました。だからこそ、ふとありがたいと感じる、立ち止まれる瞬間を大事にしたいのです」
 新型コロナウイルスに直面している多くの人が、実感できる言葉だろう。

メッセージからも、若くして人生について深く考えたことが伝わる。

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