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第46回 医学生がやってきた!〜面白い体験シリーズ〜/木口マリの「がんのココロ」

掲載日:2020年7月20日 16時04分

 私にとって、がんが見つかって以降の日々は新しい出来事の連続でした。もちろん大変なことは多かったものの、ちょこちょこと心楽しい出会いややりとりもあったものです。  その一つが、ある医学生との時間でした。  

学生に受け持たれるのはちょっとうれしい

癒しの時間

 治療が始まると、多種多様な医療のプロフェッショナルのお世話になります。しかし彼ら、彼女らは最初からプロだったのではなく、「初めて患者と接する」という時期があったはず。お医者さんも、看護師さんも、薬剤師さんも、学生時代に病院をおとずれ、実際に患者と過ごします。  

 ……それが、臨床実習!  

 学生は数多くいるけれど、そのお相手(受け持たれる患者)となれる機会はなかなかない。当然ながら学生を受け入れている病院の、特定の実習期間に入院していなければならないし、それらがうまく揃ったとしても患者全員がなれるわけでもありません。  ところが何の偶然か、私はその一人になってしまいました。しかも現れたのは、癒し系医学生(おまけにイケメン)という幸運。  

 彼(S君)との出会いは2013年の7月。  2度目の手術を受けるために入院した日の午後だったと思います。  

 入院は1カ月を予定。それに加えて手術となるとたくさんの人々が私の治療に関わるらしく、病棟に着いて間もなく、次から次へと医療者の来訪を受けました。  

 病棟の看護師さんに始まり、手術室の看護師さん、麻酔科の医師と看護師さん、薬剤師さんなど。ラストに医師団の回診を受け、何とか一段落……というところで、シュルッとカーテンの隙間から入ってきた人物がありました。  

(今度は誰だっ!)  

 そこには、見るからに柔和そうな青年が立っておりました。お肌ツヤツヤの若者のため、研修医かと思いきや医学生とのこと。  

(ということは、研修医さんよりさらに若いのではっ!?)  

 何でもS君は医学部5年生で、さまざまな病院に4週間ずつ留まり、2週間に1人の割合で患者を受け持つそうです。がん患者との実習が必ずあるらしい。  おそらく指導医の指示だと思うのだけれど、たくさんのがん患者がいるなかで私を選んでくれたのはちょっとうれしい。入院に、ちょっと彩が添えられるのを感じました。  

「僕も、そう言われる医師になりたいです」

最近ちょっと面白かったこと、其の一「宅急便を開けたらネコがいた」(しかもちゃんと歩いている)

 医学生が私との実習でどんなことをするのか。  それは、おしゃべりです。  

 最初は、「がんが見つかった経緯」や「そのときの気持ち」などをたずねられ、それに答えるというインタビューのような感じ。それから日を追うごとに、出身地のことやら入院中に起こったことやら、他愛もない話へと広がっていきました。  

 といっても、私が「単なるおしゃべり」と思っていただけで、実際には、「患者との会話のなかで得る学びのポイント」みたいなものがあるのかもしれない。思えば一度、「今の話は、ミーティングでほかの実習生にも伝えます」と言われたことがありました。勉強のために来てくれていると分かっていたため、私も一応は、「主治医のこんな対応がよかった」とか、患者目線でしか気づけないことを、思い出すたびにお話しするようにしていました。  

「そういえば……」と、S君。 「外来で、●●先生とお話をしていたのは、キグチさんですよね?」  

 外来で時折、主治医の陰に学生らしき人物が潜んでいるなと思ってはいたのですが、どうやらその一人がS君だったもよう。たしかに、潜み方がひときわ上手な学生がいたはず。  

 たくさんいる外来患者のなかでも私のことが印象に残っていたのは、診察でこんな話を聞いたからだそうです。  

「実は、去年の暮れに突然、『来年は、すごくいいことがある!』という予感がしたんです。今年に入ってみたら、がんになったり何度も手術したり、とても大変なことになってしまったけれど、やはりその予感は当たっていたと思いました。それは、先生に会えたことです」  

 そのころは、大きな手術への恐怖心や、子宮や卵巣を失うことで「女性じゃなくなるのでは」という深い落ち込みから立ち直り、「ヨシ」と覚悟が決まったとき。そうできた大きな理由が、しっかりと気持ちを受け止めてくれた主治医の存在でした。  

「あんなことを言われたら、本当にうれしいだろうなと思いました」と、S君。 「僕も、そう言われる医師になりたいです」  

 手術前にどうしても主治医に伝えたかったため、誰か潜んでいるけれどまあいいかと思いつつした話でしたが、まさかこんなに感じ入ってくれていたとは。伝えるのはけっこう勇気がいったものの、やはり言ってよかった。もしそれが次の世代の医師につながるのなら、とても意味があったなあと、心からうれしく感じました。  

ここでお別れになってしまうのか……!?

最近ちょっと面白かったこと、其の二「スイカを割ったらニヤリ……」

 入院中はだいたいヒマだし、そのうちS君がやってくるのを楽しみに待つようになっていました。一人暮らしのお年寄りが子供や孫が遊びに来るのを待つ気持ちって、こんな感じなのかなと思ってみたり。  

 とはいえ、私も治療中。術後でフラフラだったり、気分があまりよくなかったりすることもあります。そんなとき、S君は顔を覗かせるだけでスッと帰っていきました。具合がいいときはそれなりに長くお話をしてくれるなど、状況を瞬時に感じ取り、患者に気負わせない程よい距離の取り方が自然にできるのは、一つの才能だろうと思います。  

 受け持ちの2週間が終わり、別の科の患者さんの担当となっても、その病院での実習期間は毎日会いに来てくれました。そんな優しさまで持ち合わせているなんて、数年後にはきっと素晴らしい医師になっているに違いない。それが本当に楽しみでした。  

 医師になった姿をぜひ見たいし、私の状況も伝えたい。ここでお別れになってしまうのは残念すぎます。かといって「連絡先を……」というのも気が引ける。  

 そこで、S君にSNSでつながっておくことを持ちかけました。  

 が……、  

今はたぶん、癒しの医師に!


 あっさり拒否。  

(ガーン)  

「一期一会ですよ」  

 と、S君。  

 一期一会って、つながっていられる機会をわざわざなくしてのことじゃないような……。  立場上、断られるかもしれないと思っていたけれど、まさかそう来るとは。  

 すごくいい学生さんだったけれど、ちょっと心に隙間風を吹き込まれて終了。  

 ――あれから7年。診察中、主治医の陰に実習中の学生さんを見かけるたび、S君を思い出します。今はきっと、素敵なお医者さんになっているはず!  


木口マリ
「がんフォト*がんストーリー」代表 執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。
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