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闘病記出版20年 星湖舎・金井一弘の
「読み逃したくない1冊」
第11回「読む人の中で生き続けるんだよ」
金子直史『生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか?』

掲載日:2020年11月20日 12時44分

 大腸がんの再発から始まる物語

 著者は共同通信社の文化部長や編集局企画委員などを務めたジャーナリストである。

 2013年1月29日の人間ドックで大腸がん(ステージⅠ)が見つかる。東京の日本赤十字社医療センター(渋谷区、以下:同センター)で手術をして取り除き、5日で退院する。以上は、巻末の「年譜」から記載した。

 実は、この闘病記の物語は、その3年後の再発から始まる。
 2016年、支局長として赴任していた長野の赤十字病院でエコーとMRI検査をしたところ、同センターでの精密検査を指示される。その結果、大腸がんの再発を告げられる。56歳の時だった。

 同年10月6日、同センターで手術。12月28日、CT検査の結果、再々発は認められなかったが、肺への微量な転移が見つかった。

 2017年1月6日、執刀医から正式な余命宣告、何もしなかったら1年、処置をして2年か3年を告げられる。

 同年2月10日、フォルフォックスとアバスチンによる抗がん剤治療が始まる。しかし、肺での転移が広がり、骨盤への転移も見つかる。治療薬をイリノテカンからフォルフィリ、ベクティビックスと次々変えるも、改善される見込みはなく、2018年9月13日未明に死去。58歳だった。


 文化人の作品に希望を探る

 この本は、明確にそうは謳っていないが、3部構成になっている。

 1部は、2017年12月から30回にわたり共同通信から地方紙へ配信された記事「生きることばへ いのちの文化帖」。2部は、著者の日記をベースに妻の康代さんが時系列に編集した闘病日記。そして、3部は、「まえがき(共同通信社文化部長 加藤義久)」「特別掲載(「無言館」館主・作家 窪島誠一郎)」「解説(作家・出版人 黒川創)」の、著者を知る3名からの寄稿である。

 1部は、死と向き合った文化人たちの作品を読み解きながら、生きるための希望を模索した興味深い内容となっている。

 戦地へ向かい散っていった画学生たちが出征直前に描いた作品から、「生きたい。描き続けたい」という強烈な無言のことばを受け取った。

 がんに罹った中江兆民の『一年有半』からは、1年半の余命は「余のためには寿命の豊年」と、病の恐れに屈しない天性の快活さとおおらかさを感じ取った。同じく正岡子規の『病牀(びょうしょう)六尺』からは病に苦しむ自身を「笑へ。笑へ」「咄々(とつとつ)大笑」と客観視した境地を学ぶ。

 

 社会学者見田宗介の『気流の鳴る音』からは、「未来を遮断することで見えてくる目の前の現実の豊かさ!」を、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』からは、「悲しみを通じて見えてくる世界の輝き」を読み取る。

 30回にわたって文化人の作品を題材に、「悲しみの実感に即しながら見つめ」た連載だった。それも2部の日記で明かされるが、進行するがんの痛みに耐えながら執筆したのである。

 ちなみに、題材とした作品群の著者名と書名は、カバーのデザインとして列記されている。


 地球に暮らすことはわくわくする

 2部の日記には、治療のこと、仕事のこと、家族のことが記されている。

 病状が悪化していく日々の過程が手に取るようにわかる。痛みで横になることが多くなる生活。そして、抗がん剤の副作用で絶え間なく訪れる睡魔。それでも著者は記者として取材へ出かけ、文化人らとの懇親会などに出席する。さらに、自らが企画した連載記事「生きることばへ」の執念の執筆。

 それらの日々に明るく光を投げかけるのが、妻と2人の娘(再発当時21歳と19歳)との「変わらない日常」だった。とりわけ娘と日常に交わされた「交換日記」が、編集され時系列に挿入されていて微笑ましくさえある。「日常には穏やかさがあり、笑いがある」と著者はいう。

 もう一つ重要な要素が、海に山に庭に、さらに病室の窓に降り注ぐ太陽の光だ。
 再発がわかった頃、「患者はある日から、光をいつくしんでいく」と聞いていたが、「以前感じていたのと同じ光が目の前にある。何も変わらない」と記載する。

金子直史『生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか?』(言視舎、1600円+税)

 ところが、翌年の初夏になり、降り注ぐ光を浴びて「おれは光が好きだ。日差しに全身を浴びて過ごしていきたい」と変わっていく。
 光が満ちあふれた世界の中で、著者は実感する。

「地球に暮らすことは、実はとても刺激的で、面白く、わくわくするようなことなんだ」と。

 ただ「人が一生でできることは、ものすごく限られているのだと感じ入る」。その無念の思いは、妻による「あとがき」の最後に記された、著者が娘たちに語ったことばで、家族だけではなく読者も救われる。

「お父さんは、物を書き続けることで、たとえ死んでしまっても、それを読む人の中で生き続けるんだよ」

 大腸がんの再発からわずか2年間の闘病生活と思いを描き切った本である。
 将来への不安や死への恐怖が訪れた時、この本に書かれている一言一言が、生きることばとなって寄り添ってくれると思う。


これまでの、闘病記出版20年 星湖舎・金井一弘の「読み逃したくない1冊」はこちらよりご覧いただけます

金井一弘(かない かずひろ)
株式会社星湖舎(せいこしゃ)社長、NPO法人大阪公立大学共同出版会(OMUP)編集長。1956年、大阪府生まれ。99年に星湖舎を立ち上げ、主に闘病記や障がい者の本を出版している。良い闘病記には、「宗教や健康食品、民間療法に導かない。家族や会社・学校との関わりや社会情勢が描かれている。病院や医師の批判に節度がある。治療過程がしっかり書かれている」と考え、他社の本も“診断”し、普及活動に取り組んでいる。毎年100冊以上に目を通す。星が好き。

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