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佐々木常雄の「灯をかかげながら」
第15回 Gさんの田舎暮らし

掲載日:2021年9月22日 9時00分

抗がん剤治療とコロナ感染の心配 

 ある日の午後、青い空に、飛行機雲が薄く広がり、その下にアルプスの山々が連なっています。庭のコスモスは、赤、ピンク、白、満開です。

 Gさん(61歳、定年退職後)の背丈よりもはるかに高く、太い幹に咲き誇っています。

 裏庭の土手に、背丈2mほどのタラの木が1mくらいの間隔で5本あります。

 この春はその芽をてんぷらにしておいしかったのですが、今は枯れてしまったのか、トゲトゲだけの裸の木です。

 4本の先にはそれぞれに赤とんぼが、端の1本の先にはカマキリが止まっていました。

 Gさんは半年前にA病院で胃がんの手術をうけ、再発予防のための抗がん剤を1年間飲むことになっています。

 明日は、電車で2時間かかるA病院で、月1回の診察予定日ですが、昼のテレビで、そのA病院でコロナ感染者が発生したと報道されました。

 A病院のホームページをみると、コロナ感染者発生の状況が書いてあり、職員に陽性者が出たが、それでも「外来診療には影響ない」とありました。

 Gさんは、2回ワクチン接種を受けていましたが、それでも、怖くてA病院に行きたくないと思い、病院へ電話をしてみました。

 A病院の電話は混んでいて、「もう一度おかけ直し下さい」の繰り返しでしたが、6回目でようやく交換手が出て、都合よく担当医に繋げてくれました。

「A病院に来るのが、どうしても心配なら、Gさんの自宅近く、隣の駅前にF医院があります。よろしければ、そこのF医師にお願いしておきますから、そこで採血していただき、結果が大丈夫ならF医師の方から薬を出してもらったらどうでしょうか。他の薬とは違って、抗がん剤なので、やはり採血して白血球数などを確認してから薬を飲んだ方が良いでしょう」

 Gさんは、しばらくしてF医院に電話をかけてみました。
 もう、担当医から連絡が届いていたらしく、明日14時の予約が出来ました。

 これでA病院に行かなくとも、薬を出していただけることになって、ホッとして、また、庭に降りてみました。

 今度は、タラの木の先端は5本とも赤トンボが占拠して、カマキリは少し下に降ろされていました。

「トンボの方がえばって、カマキリより強いのか? 昆虫たちの世界もいろいろあるんだな」と思いました。


隣町のF医院で

 翌日は、山々は見えず、時々雨がぱらつく天気でした。
 午後、F医院に行って驚きました。
 医院の前の駐車場にテントが張ってあって、熱のある方はそこで待機するようにと書いてあります。
 それでもそこには誰もいないようでした。

 コロナ感染が隣町まで来ているのだと感じました。

 医院の玄関にサーモグラフィがあって、熱のある方をチェックするようになっています。
 アルコール噴霧で両手を消毒し、中の待合室に入ると、マスクの老人が3人、椅子は一つ置きにバツ印がついて間隔を空けて座っていました。

 採血をしましたが、結果が出るのは翌日とのことでした。
 処方箋をもらい、明日電話で検査結果を聞き、そのまま飲み続けて良いかを確認することになりました。

  

 薬局に寄って薬をもらい、コンビニで弁当を買って、帰ったのは夕方になっていました。

 庭の5本のタラの木には赤トンボもカマキリもいません。

 蜘蛛の糸が連なって、雨のしずくが付いていました。

 少し暗くなって、どんよりした空を鳥が何羽も西の方角に向かって飛んでいくのが見えました。


抗がん剤の内服が終わるまで、退職祝いの日本酒はお預け 

 Gさんは、退職祝いとして、木箱に入った立派な日本酒を、自分で買って台所に置いてありますが、一度も封を切っていません。

 来年の春、タラの芽が出た時には抗がん剤の内服が終わる、その時までお預けです。

 長く飲んでいないから、きっと、少しだけ飲んでも酔ってしまうだろうと思いながら、今夜もこの木箱を一瞥して休みました。

シリーズ「灯をかかげながら」 ~都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員 佐々木常雄~

がん医療に携わって50年、佐々木常雄・都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員の長年の臨床経験をもとにしたエッセイを随時掲載していきます。なお、個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。


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