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闘病記出版20年 星湖舎・金井一弘の
「読み逃したくない1冊」
第20回 「シャワーのように浴びせてもらえた肯定的な言葉」 鈴木朋子著『明けない夜はない ―脳損傷からの生還』

掲載日:2021年12月21日 8時55分

倒れた時の素早い対応

 脳腫瘍の闘病記は数が少ない。2021年1月、脳腫瘍の1つグリオーマの体験が出版された。

 がんは早期発見が重要だが、脳腫瘍も兆候となる激しい頭痛や手足のしびれなど、初期症例への対応が重要となる。対応が遅れれば、それだけ後遺症が残り、命の危険にもさらされる。

 著者は言語聴覚士であり、愛知県にある愛知淑徳大学で言語聴覚士の養成に携わっている大学教授。言語障がいを持った患者の話を聞く学内実習の終了間際、急に左手が痙攣し「なにこれ?」と思う間もなく横倒しに倒れてしまった。

 学生の機転で、保健管理室の看護師や同僚の教授が駆けつけ、救急車で愛知医科大学病院へ搬送された。倒れた時に、病理を理解できる人たちに囲まれた環境であったことがよかったと、著者は述懐する。ただ、それまでにあったひどい頭痛や車の運転中に左足がぴくついたことを、一過性のものとしてやり過ごしていたことに後悔した。

 MRI検査の結果、前頭葉の右補足運動野に大きな病巣が見つかった。グリオーマだった。

 東京女子医科大学病院を紹介され転院。2016年2月1日、腫瘍摘出の手術を受けた。


「すごい! やりましたね」

鈴木朋子著『明けない夜はない ―脳損傷からの生還』2021年1月30日 丸善プラネット株式会社 定価1320円(税込)

 術後すぐは、話し言葉の障がいであるプロソディ障がいや、譫妄(せんもう)が現れた。

 患者となって気がついたことがある。経過を見るために「手を挙げてみてください」「足を挙げてみてください」と医師や看護師が入れ代わり立ち代わり来ては、同じ指示を何度もすることに辟易した。朦朧としてコミュニケーションがとりにくい状態である時に、聴覚的注意の負荷を軽減するために、必要な質問は紙に書いて、その質問票を提示しながら聞くと患者は楽になることを発見する。

 また、リハビリのほかに回復を支えるものとして、家族や友人の支援が重要だが、著者は「シャワーのように浴びせてもらえた肯定的な言葉」を筆頭に挙げる。

 なかなか動かなかった左膝下が動いた時、居合わせた看護師が「すごい! 鈴木さん! やりましたね」と声掛けしてくれた。

 ジル・ボルト・テイラーの闘病記『奇跡の脳』の一節を引き合いに出す。

「患者は、自分にとってプラスとなることばや態度を浴びせられたいと願っている」。そして、「それを自分に与えてくれる存在を無意識に識別している」と。


リハビリのため再入院

 病巣が右半球だったので失語症は免れたが、左半側無視(左側の空間が認識できなくなること)などの高次脳機能障がいが残った。

 高次脳機能障がいとは、脳卒中や交通事故などによる脳損傷の後遺症として現れる症状だ。脳腫瘍やがんの脳への転移でも現れることがある。おもな症状は、記憶障がい、注意障がい、遂行機能障がい、失語などである。

 著者には左半側無視のほか、約束日を間違える、すぐに疲れる(易疲労)、イライラして怒ってしまう(易怒性)など、いくつか顕著な症状が現れた。

 また、3週間経って出た細胞検査の結果、ステージⅢの細胞がわずかながら出てしまい、3週間の放射線治療と5回の化学療法が必要となった。

 それでも治療とリハビリを重ね、4月6日に東京女子医大を退院して愛知の自宅に戻った。

 しかし、夫を会社に、2人の息子を中学と高校へ送り出した後に孤独が襲う。疲れやすいので、横になったりしていると、誰とも会わず1日が過ぎてしまう。テンションが目に見えて下がっていった。

 そこで、愛知医大に再入院して高頻度のリハビリを受けることを決めた。家族のために休日ごとに外泊して自宅に戻り、退院後の生活を見越して準備していくことにした。


前向きに生きること

 自身が障がい者となって、気づくことは多い。

 すれ違う自転車が怖い。側溝やマンホールの蓋など少しの凸凹に引っかかり転倒する。上り坂よりも下り坂のほうがわずかな勾配でも転倒の危険がある、など。

 また、ネットでグリオーマの体験談を探すと暗いものばかりだった。

 実は、言語聴覚士として多くの患者に接してきた著者は、病気が進行して機能が徐々に低下していく「ALSと脳腫瘍は避けられるものなら避けたい」と願っていた。

 運命は皮肉なものである。そこで、自分がグリオーマに罹ったことは神様のご計画の内にあるに違いないと、キリスト教徒である著者は思い改める。

「グリオーマの根絶のために、また脳機能の解明のために、私も一患者として、何かお役に立てたらよいと思う」と、前向きな姿勢で治療とリハビリに取り組む。その思いが出版の動機ともなった。

 自身のリハビリなどの写真も掲載して親しみを持って読める。専門用語は多いが、各ページに注釈があり知識が豊富になる。高次脳機能障がいという困難の中で執筆したからか、くすっと笑えるような誤植もある。

 脳腫瘍や高次脳機能障がいを知るよいきっかけとなる闘病記だ。病気になっても、障がいを持っても、「まさに、焦らず、慌てず、諦めず」希望を持つことが大事なのだと思った。



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金井一弘(かない かずひろ)
株式会社星湖舎(せいこしゃ)社長、NPO法人大阪公立大学共同出版会(OMUP)編集長。1956年、大阪府生まれ。99年に星湖舎を立ち上げ、主に闘病記や障がい者の本を出版している。良い闘病記には、「宗教や健康食品、民間療法に導かない。家族や会社・学校との関わりや社会情勢が描かれている。病院や医師の批判に節度がある。治療過程がしっかり書かれている」と考え、他社の本も“診断”し、普及活動に取り組んでいる。毎年100冊以上に目を通す。星が好き。

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