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オバマ前大統領も期待! 光免疫療法でがんは「治る病気」になるか?

掲載日:2018年9月6日 13時44分

 【シリーズ 明日のがん医療】がん医療は日進月歩だ。10年前、20年前にはなかった薬や療法がいくつも誕生している。中でも注目されるのが、光免疫療法だ。米国の国立衛生研究所(NIH)の主任研究員、小林久隆さんが開発した療法で、2012年には、当時のオバマ大統領が一般教書演説(施政方針演説)で取り上げて、期待を寄せた。  簡単に言えば、テレビのリモコンと近いレーザー光(近赤外線)を当てることでがん細胞を破壊する、という仕組みだ。2018年3月から、日本で最初に治験に取り組んだ国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)の土井俊彦・副院長に話を聞いた。(文・日本対がん協会 中村智志)

土井俊彦先生。先端医療科長なども務める。地方の医療の現状にも詳しい。

武器はIR700という色素

 光免疫療法は、どんな療法なのか。  まずは、中学か高校の理科で習った「抗原抗体反応」をおさらいしよう。  人間の体には、免疫機能が備わっている。体内に病原菌などの異物(抗原)が侵入してくると、その異物に対応する抗体を作る。抗体は抗原に結合して、抗原をやっつける。これが抗原抗体反応だ。
 国立がん研究センター東病院で行った光免疫療法の治験の対象は、頭頸部のがんのうち、がん細胞の表面にEGFRというタンパク質があるタイプのがんだ。  もともと、EGFR(抗原)に対する抗体として、アービタックスという薬がよく使われてきた(アービタックスは薬の商品名で、一般名はセツキシマブ。たとえるなら、商品名はプリウス、一般名は自動車という関係)。アービタックスを点滴で体内に入れると、がん細胞にたどり着き、がん細胞と結合してやっつける。  ところが、米国の国立衛生研究所(NIH)の小林久隆さんが開発した光免疫療法では、アービタックスと同じEGFR抗体を、がんを倒す武器(薬)としては使わない。武器をがん細胞まで運ぶ運搬車として使う。その武器は、IR700という色素だ。

がん細胞が風船が弾けるように破裂

 仕組みはこうだ。  EGFR抗体にIR700を付けた薬を点滴で体内に入れる。すると、抗体がIR700を、EGFRがあるがん細胞まで届け、がん細胞の膜状に結合する。  IR700は、光が当たると、物理的なエネルギー(熱)を放出する性質がある。したがって、がん細胞と結合したIR700に光(近赤外線)を当てると、IR700が放つ熱が、がん細胞の膜に小さな穴を空ける。すると、細胞の外から水などが入り、がん細胞は、短時間に破壊され死滅する。  つまり、EGFR抗体(運搬車)とIR700(武器)という2人の力を合わせて、がん細胞を倒すのだ。  国立がん研究センター東病院の土井俊彦先生は語る。 「抗がん剤や分子標的薬は、生物学的にがん細胞を殺すものです。だから、マウスで効いても人間に効かないということがありました。これに対して光免疫療法は、物理化学的にがん細胞を破壊します。細胞膜の構造は人間もマウスも基本的に変わらないので、マウスで効けば人間でも効くはずです」 イラスト・河島正進/「がんで困ったときに開く本2019」(朝日新聞出版)より。

少ない副作用

 では、副作用はないのか? 土井先生は、少ないとみる。 「光免疫療法ではEGFR抗体は単なる運搬車なので、アービタックスなどの分子標的薬として使う場合より、少ない(皮疹などの毒性がほとんど出ないぐらい)投与量で済みます。投与量が少なければ、人体への負担も軽い。また、万一IR700が正常細胞にくっついても、光を当てなければ何も起こらないので、正常細胞が傷つく心配はありません。IR700はいずれ尿として体外に排出されます。抗がん剤や分子標的薬と違い、光免疫療法は、体内に入ったあとも人間がコントロールできるのです」  光免疫療法は、全く新しい技術なのだ。しかし、ここまでなら「光療法」であり、「免疫」がない。「免疫」はどこから来るのか?
 土井先生が解説する。 「光免疫療法は、免疫細胞は殺さない。IR700によってがん細胞が破壊されると、細胞の中身が体内に飛び散ります。それが効率よく免疫を誘導(生ワクチンのように)する効果をもたらして、眠っていた免疫細胞が動き出すのです」  その結果、全身の免疫細胞が活性化を起こすことで、光を当てていないがん細胞も倒せる可能性が高まるという。常識的には「がんが転移した患者は、局所治療では治らない」と言われる。しかし、光免疫療法では、局所治療を受けた患者が長生きしている。
 米国で行われた頭頸部の進行がんに対する治験では、15人中14人で奏効し、7人が完全奏効(CTなどでがん細胞が見えない状態)だという。余命3カ月とみられた人が1年以上健在だという例もある。  治療の安全性を確かめる目的で2018年3月から実施された国立がん研究センター東病院での治験でも、患者数は数例だが、米国と遜色ない結果を得られている。
 光を当てる機器の開発も含めて光免疫療法の実用化に取り組むのは、「ガン克服。生きる。」を長期的ミッションに掲げる米国のベンチャー企業「楽天アスピリアン社」だ。楽天の三木谷浩史会長が出資しており、会長を務めている。三木谷会長は、父のすい臓がんをきっかけにがん治療について調べたところ、小林先生と人を介して出会い、個人として数億円の支援を決めたという。  米国で薬を承認する米食品医薬品局(FDA)は、2018年1月、光免疫療法を承認審査を迅速に進める「ファストトラック」に指定した。承認までの道のりも早まりそうだ。
治験が行われている国立がん研究センター東病院。2018年5月18日には、日本対がん協会会長の垣添忠生が「全国縦断 がんサバイバーウォーク」で訪れた。

すべてのがんの8~9割に効く可能性

 では、頭頸部以外のがんに対する効果は期待できるのか?  土井先生の答えは「限りなくイエス」だ。こう説明する。 「光免疫療法の課題は、光が当たらなければ、がん細胞が死なないこと。現在は、皮膚の表面から3、4センチまでしか光が届きません。しかし、先端から近赤外線が出るような内視鏡が開発されれば、体の奥深くでも、見られる(光が当たる)ところなら治療は可能です。そうなれば、すい臓がんや大腸がん、肺がんなどや、いわゆる播種(小さながん細胞が散らばった状態)も対象になり得る可能性はあります。国立がん研究センター東病院では、今年中を目標に、食道がんで治験を始めたい」
 EGFR以外のタンパク質が発現しているタイプのがんには効くのか? 土井先生は言う。 「EGFRにおけるアービタックスのような抗体を使えば、がん細胞までIR700を届けられます。IR700を別の武器に替えることもできます。個々の患者さんに合わせて、いろいろ組み合わせられるわけです。小林先生は、すべてのがんの8~9割に効く可能性があると考えています」  新しい治療法は、手術が難しい進行がんに対する成果に関心が向きがちだ。患者への福音になることを思えば、当然だろう。しかし、土井先生は、臨床の視点から、早期がんへの効果も期待する。 「たとえば早期の食道がんが見つかったとします。手術で食道を全摘して胃を持ち上げれば、がんは完治します。若い人なら、そのほうがいいかもしれません。しかし、高齢者はどうでしょうか? 光免疫療法なら、患者への負担はほとんどなく、治療後のQOL(生活の質)も保てます。だから、早期がんに対しても、力を発揮するのではないでしょうか」  早期がんも対象になれば、市場はさらに広がる。日本は内視鏡に強く、世界シェア約7割のオリンパスをはじめとして、圧倒的なシェアを占める。機器の開発にも弾みがつきそうだ。

免疫細胞の邪魔をする細胞をやっつける

 実は光免疫療法には、小林先生が開発したもう一つの方法がある。  人間の体内には、リウマチなど自己免疫疾患(免疫細胞が自分の細胞を攻撃してしまう)を防ぐため、免疫が過剰に働かないように調整する細胞がある。制御性T細胞だ。ところが、この制御性T細胞は、がん細胞のそばにいると、がんに対する攻撃を防ぐ役割もしてしまう。
 そこで、がん細胞そのものではなく、制御性T細胞を叩くという治療法が浮上する。 「制御性T細胞の表面には、CD25という免疫を抑える物質がたくさんある。小林先生の研究で、CD25という抗原まで届ける抗体にIR700を付けて、マウスに注射してがんのある場所に光を当てたところ、がんが消えました」  と、土井先生。制御性T細胞という邪魔者が消えたことで、免疫細胞が全身で活性化したとみられる。  将来的には、2つの光免疫療法を組み合わせる、という治療法も考えられる。
 どちらの療法とも、コストが安いこともメリットだ。治療も通院で済みそうだ。副作用も少なく、繰り返し治療を受けられる。光を当てること自体は高度な技術を要さないので、一部の病院でしか治療できない、という事態も避けられるだろう。
 土井先生の話を聞いていると、光免疫療法が本格化すれば、治療の選択肢が広がり、患者にとってがん治療に対するハードルがグンと低くなるように思えてくる。土井先生は、「小林先生には夢物語と言われるかもしれないが」と前置きしたうえで、こう語った。 「将来、薬が改良されてより効率よい光免疫療法に適した薬剤が開発され、がんになった人や発がんのリスクの高い人が、光免疫療法の薬を注射して翌日日光浴(日焼けサロンのようなボックスに入る)したら、光が当たることで体中からがんが消える。そんなふうになったら、かっこいいよね」
【参考文献】 永山悦子著・小林久隆協力『がん光免疫療法の登場――手術や抗がん剤、放射線ではないと画期的治療』(青灯社)
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