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第16回 “見た目”の悩みも外来で!? カバーメイク・外見ケア外来
〜東京大学医学部附属病院 分田貴子医師インタビュー〜
木口マリの「がんのココロ」

掲載日:2019年3月8日 11時15分

 これまで2回にわたり、「脱毛」をテーマに書いてきました。脱毛は、がん治療で直面する代表的な困難ではあるけれど、そのほかにも外見のことで悩みを抱える人は多いのではないでしょうか。
 例えば、薬の影響による皮膚の部分的な変色、爪の色や形が変わってしまうこと、手術の傷跡など。それを「耐えるしかない」と抱え込んでしまい、人と会うのがイヤになったり、温泉や旅行など、好きだったことを諦めてしまうこともあるでしょう。

 そんな悩みを「カバーメイク・外見ケア外来」で診察しているのが、東京大学医学部附属病院の分田貴子(わけだたかこ)医師。お医者さんがカバーメイクや外見ケアに取り組んでくれるなんて、かなりレア。分田先生は、いったいどんな想いからこの外来を行うに至ったのでしょうか。その“ココロ”をうかがいました。


人生の「貴重な時間」のためのカバーメイク外来

「治療なんだから、患者さんも困っていない」
 これは、「がんワクチン治療(※)」によって、ひどい跡が体に残ってしまった患者さんを目の当たりにした分田先生が、周囲の医師に問いかけたときに返ってきた言葉でした。(※がんワクチン治療:無毒化したがん抗原を皮下接種することによってがんに対する免疫力を上げ、治療するもの)

「本当に、そうだろうか」――先生は、患者さんたちの本音を聞くインタビュー調査を開始。そこで語られたのは、「命が一番大事。……でも、跡が無いに越したことはない」「半袖が着られない」「本当は温泉に入りたいけど入れない」というものでした。

「治療にともなう見た目の問題が、こんなに患者さんの生活を制限していたとは!」と、ショックを受けた分田先生。ある患者さんは、治療を受けながらお母さんの介護をしているなかで、「お母さんをお風呂に入れてあげたいけれど、跡が見えると心配させてしまうため、ヘルパーさんに任せている」と話していたそう。「2人に残された時間は長くないかもしれないのに、貴重な時間を失っていたんです」

 そして分田先生が始めたのが、カバーメイクの研究でした。イギリスでは「スキンカモフラージュ」と呼ばれ、傷跡などに肌色のクリームを塗って隠せるメイクです。渡英して研修を受け、それをさらに発展させ、「お風呂で落ちない」「自分で簡単にできる」を基本とした製品を日本のメーカーと協力して開発しました。

 外来でカバーメイク・外見ケアの診療を開始したとき、最初に受診してくれたのは、体に手術の傷跡のあるサンバダンサーの女性でした。「もう一度、カーニバルに出たい」との思いがあったそうです。その後、傷をメイクでカバーし、再び踊れるようになりました。

「そのうちに、カバーメイクだけでなく、ウィッグや爪の相談も増えていきました。今では、見た目の変化の“何でも相談所”みたいになっています(笑)」

 分田先生は、外来や病棟で外見の悩みへのアドバイスを行うほか、ウィッグの試着や、ネイルケアなどを気軽に楽しく体験できる「外見ケアイベント」も開催。ケアを受けた患者さんたちは劇的に変わっていき、「病院がイヤなところじゃなくなった」「痛みを忘れた」「またここに来たいから、それまで治療をがんばりたい」という声があがっています。

 分田先生の講演を聴いたある医師は、「これまで、『見た目が変わるのは命の勲章です』と言ってきましたが、それを後悔しています」と語ったそう。医師の間にも、想いが伝わっているようです。


時代+熱意=新しい可能性へ!?

 患者である私たちは、医師に言いづらいことがたくさんあります。言えないというより「言ってはいけない」と思い込んでいることが多い。見た目のこと、お金のこと、日常のこと、性のことなど。私も最初は、「命よりそんなことが大事なのか」と言われるのではと、おっかなびっくりでした。特に、がんになったばかりのころは心が非常に繊細になっていて、可能な限り波風を立てたくなかったものです。

 ……と、このように、いろいろと言えないイメージが強い「医師と患者」の関係ですが、実はそれは過去のもの。すでに現代の医療は「それぞれの生き方を大事にする」ようになっていて、昔より“話せる”お医者さんも増えています。

 外見ケアについても、分田先生は「そういう時代になったのだと思う」と話します。それでも医師がここまで力を入れてくれることはめったになく、さらに研究として見える形にしていこうというのは、やはり先生の熱意あってのもの。

「緩和ケアが寿命を延ばすことは、すでに研究されています。外見ケアで、漠然と『元気が出る』のはみんなが感じていること。でも医療としては、『外見ケアを受けたことで、明らかに生存期間が延びた』という証明ができなくてはなりません。今後、研究していきたい」

 外見ケアに医師が関わる意味のひとつに、「外見ケアの重要性を証明するために、何が必要とされるのか、どのような方法で研究を進めていけばいいのかを理解していることがあるかもしれない」とのこと。もしも生存期間延長が立証されれば、カバーメイクや外見ケアが、主治医から当たり前に提案される時代が来るかもしれません。


分田先生「私にとっても、救いでした」

 海外まで研修に行ったり、研究や製品開発をしたり、外来まで立ち上げてしまったり、話せば話すほど熱心な分田先生。なぜそこまでやれるのかが気になるところ。

 分田先生は、以前は外科医志望でしたが、病気を患い、患者さんの命を預かるだけの体力・気力を失っていたそう。医師も辞めようかと考えたこともあるなか、「研究者なら」と、医療の世界に戻ってきました。そんなときに出会ったのが、見た目のことで悩んでいる患者さんたちでした。

「私にとっても、生きる道が見つかった。本当に救いでした」と分田先生。「自分自身が外科医からドロップアウトしたり、困ったりした経験がなかったらできなかったような仕事に出会えました」

 今後は、自身の父親を亡くしたときの経験から、グリーフケア(遺族の悲しみのケア)もしていきたいと考えているそう。

「周りの人の話から、これまで知らなかった父の姿を知ることができたんです。それが私にとってのグリーフケアとなりました。活動するなかで、私がそういう存在になれたらと。外見ケアイベントで撮った写真や動画を遺族の方にお渡ししたり、病院での出来事をお話ししたり。それが、自分が病院の中にいる意味になるのかなと思います」

「患者さんはどう感じているのだろう」という疑問、医師としての知識、辛い経験。そこからつながっていった、がん患者さんのためのカバーメイク・外見ケア。分田先生の活動により救われた人はたくさんいて、これからも増えていくはず。  
 医師というと、どうしても別世界の人のように思ってしまいがちですが、さまざまな想いがあり、前進があって、私たち患者と接しているように感じました。なぜだか、「患者も負けていられない!」という気分になったキグチでした。


新著『女性のがんと外見ケア 〜治療中でも自分らしく〜』(法研)を持つ分田先生(右)とキグチ。医学的な内容にプラスして、「ウィッグのときにプールや温泉に入る方法」などのアイデアも盛りだくさん。そのかゆいところに手が届く感覚は、多分ほかに類を見ないもので、「がん患者だったことがあるのでは!?」と思うほど。

プロフィール

分田 貴子(わけだ たかこ)
2002年 東京大学医学部卒業。
東京大学医学部附属病院や国立がん研究センター等を経て、現在、東大病院乳腺・内分泌外科助教、がん相談支援センター副センター長兼任。 2018年 日本対がん協会のリレー・フォー・ライフ・ジャパンへの寄付をもとにした助成金を受ける。


木口マリ

「がんフォト*がんストーリー」代表 執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。

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