「家族と味わう」食事が力に

2019年5月7日

 神奈川県の港町で暮らす、斎田聖子さん。大腸がんの告知を受けたのは3年前のこと。手術後は、お腹の張りや便秘に悩まされてきたそうです。

 鍋のスープだけ味わった冬の食卓。

 病院帰りに、夫と一緒に食べたラーメン。

 みかんを片手に家族でおしゃべりした時間。

 ご主人やお母様を交えて答えてくれたインタビューからは、症状と向き合いながら、できる範囲で食事を楽しんできた日々が見えてきます。

 食べ方の工夫はもちろんのこと、印象的だったのは、家族と一緒に積み重ねてきた“食事の時間”そのものでした。

斎田聖子(さいたしょうこ)さん

 1978年生まれ。神奈川県横須賀市出身。福祉関連の企業に勤務。2016年、健康診断を受診し大腸がん(S状結腸がん)が判明。同年にS状結腸摘出手術をし、リンパ節に転移したところも切除し、2017年1月から半年間の抗がん剤治療。現在は定期的に検査を受けている。

夫婦2人のくらしから実家での生活に

 

「妻はね、食べることが好きな人だけど、胃カメラを飲むのも好きなんですよ」とおかしそうに話してくれたのは、夫の真人さん。

「検査してもらうと安心するから好きなんです。苦しいけど慣れました」と笑って答える、聖子さん。

 穏やかで楽観的な聖子さんに対して、夫の真人さんは、明るく話し好きだけど心配性。大腸がんの告知を受けてからは、真人さんの後押しもあって、近くに住む両親と相談し、聖子さんだけ実家に戻って生活することに決めました。

「私がしている警備の仕事は、24時間勤務で家をあける時間が長いので、1人にしないことも大事だなと。実家には家族や犬がいますし、妻は家族で食事をするのが好きでしたから、自分は少し寂しいけれど、実家に帰るのがいいよと勧めました」と、真人さんが話します。

 こうして、約3週間後に手術を控えた段階で実家に戻ることになりました。

心強かった母の存在

 

 告知を受けて以降、大腸がんについて、いろいろとネットで調べていた聖子さん。あるとき、牛肉や豚肉は控えたほうがいいという情報を見つけます。

「もし自分が1人で食事を作っていたら、たぶん実践していたと思います。でも母は、『手術に向けて体力をつけるためには、たんぱく質も必要だし、いろいろなものを食べて栄養をとったほうがいいわよ』と言ってくれて」と聖子さん。

 日々の食事は肉、魚、野菜をバランスよく取り入れたメニューを泰子さんが作ってくれます。のちに病院のがんサロンで栄養士に、肉も魚もしっかり食べた方がいいと聞き、「母の言うことを聞いてよかったな」と思ったそうです。

 情報に迷うこともあったとき、お母様が手渡してくれたのが、新聞の切り抜きでした。

「がんの情報は、きちんとしたところから得たほうが良いという記事があったよと渡してくれて。それからは、国立がん研究センターが運営している『がん情報サービス』のサイトを見ています。

 療養手帳のページもダウンロードして、それを診察のたびに持って行って、先生に言われたことを書きとめていました。『仕事のときみたいにメモを取っているんだから、自分は冷静なんだ』って思いながら。書くことで病気に立ち向かうというか、向き合うことができていたのかなと思います」

 療養手帳には、治療内容と副作用、体調のほかに、食事や運動、その日の行動についてもメモ。細やかな記録からは、その時々の体調や食事で気にかけていたことが見えてきます。

「日誌みたいに書くのが好きで」と抗がん剤治療中も毎日書き続けていた療養手帳

手術後に悩まされたお腹の張り

 大腸がんの手術後は、便秘やおなかの張りで悩む人が多く、聖子さんもその一人でした。

 手術後、特に気をつけていたのが腸閉塞。術後1ヶ月ほどは、きのこやごぼうなどは、おなかが張るように感じたため控えるように。手帳の行動欄には「散歩」や「足湯」のメモがあり、便秘にならないように、運動や体を温めることを意識していたと振り返ります。

「食事の前には、録画した『みんなの体操』を見て体を動かしたり、抗がん剤治療中も運動はなるべく毎日やっていました。家の中を歩いたり、階段を上ったり。ちょっと動くと食欲がわくっていうのもありますし、便通をよくしたいっていうのもあって。気分転換に夫と一緒に海によく行って浜辺を歩きましたね。それまでは仕事が忙しくて、近くにあってもなかなか行けなかったから」

 術後は半年かけて8クールの抗がん剤治療を受けました。便秘がひどく、下剤を使うようになり、副作用の欄には「お腹の張り」「ガスが多くてつらい」というメモが増えていきます。デリケートな問題だけに、「主治医の先生や、がんサロンでも周りに相談しづらかった」と聖子さん。

 お腹の調子がよくなる嬉しい発見があったのは、半年ほど前のこと。

「あるブログを読んだのをきっかけに、クルミやアーモンドなどのナッツ類を食べるようになったら、すごく便通がよくなったんです。逆に食べないと、出が悪いような気がして。それからは、欠かさず食べるようになりました」

毎日、夕食時に食べているナッツ。食塩不使用のものがお気に入り

食べたもの、その日の出来事、療養手帳は日記代わりにも

 副作用の欄に「悪心あり」と書かれた日の夕食は、「おかゆ3/4、梅干し」。またある日、体調のいい時に食べたものは「チーズナン、サラダ、チャイ(夫と外食)」。そして「浜辺を散歩」と添えられています。

 療養手帳には、このように簡潔な言葉で毎日の生活が綴られていました。

 抗がん剤治療中は、「前回のクールのときは治療3日目からけっこう動いていたし食事量も戻っていたなとか、手帳に書いていたことがとても参考になった」という聖子さん。

 文字にすることで、自分の症状が客観的に整理できたり、気持ちが落ち着いたり。辛い時も読み返すと励みになることも。書くことが好きな聖子さんにとって、手帳に日々綴ることは病を乗り越えていく大きな力になりました。

治療中も食が小さな楽しみに

 幸い、抗がん剤治療中は、吐き気や食欲不振はそれほどひどくなかったという聖子さん。休日は、夫婦揃って外食をしたり、散歩をしたり。真人さんは、そんな治療中の日々を、そっと写真に収めていました。

「これは夫と一緒にニンニク入りのラーメンを食べて、お腹が張っちゃった時だ」

「食欲がない日はお鍋のスープと野菜だけを食べたりしていました」

「これは舌が痺れちゃってダメだったソフトクリーム。食べられるようになった時は嬉しかったね」

 写真を見ながら振り返る聖子さんの隣で、「こうして撮っていたのは、こんなものも食べられるようになったんだと、嬉しくてなんです」と真人さんは話します。

 写真は聖子さんの快復の軌跡でもあるのです。

夕食は家族でにぎやかに過ごすのがいちばん

 実家で暮らすようになってから現在まで、夕食は両親と一緒にとるのが日常です。食事は主に母の泰子さんが作りますが、聖子さんが手伝う日もあります。食卓には真人さんや妹夫婦が加わることもあり、13歳になる愛犬も元気いっぱいみんなの輪に参加し、にぎやかになります。

「みんなそれぞれ生活が違うけど、斎田家ではそれでも家族で集まって食事をしようと工夫して、時間を合わせています。家族のLINEのグループもあるんです。食べるときはみんなで一緒に『いただきます』と言ったり。長いことそれを続けているのがすごいなって思いますね」

 と真人さんが言うと、泰子さんが笑って答えます。

「意味もなく、みんなで『乾杯!』とか言ってね。お酒ではなく、牛乳でもね」

 わいわいと食卓につく、和やかな日々の風景が浮かんでくるようです。

果物は夕食後のデザートとして楽しむことも多い

「メニューは、がんだから何か特別に、とはしていないんですよ。なるべく添加物がなくて安全なものがいいかなと思って、それは昔からね。心配はしましたけど、もともとあんまり気に病まない性格なので、きっと大丈夫だと思っていましたね」と泰子さん。

「こうやってみんなで食べるのは昔から。食べるものも、子どもの頃から母はいろいろ気にかけてくれていましたね」と話す聖子さんの言葉の端々には、深い感謝の気持ちがにじんでいました。

変わらない日常に支えられて

 そのときに集まれるみんなで食卓を囲み、「今日もおつかれま」と、夕食を楽しむ斎田家の環境は、聖子さんが罹患する前も後も、変わらずそこにありました。

「テレビを見たり、おしゃべりして、笑いながら。食事が終わったらそのままみかんを食べたり。そういう時間が楽しいですね」と聖子さん。

 食べるものはもちろんのこと、リラックスして楽しく食べる、食事の時間そのものが、栄養となって、心と体を元気づけてきたのかもしれません。

 仕事中心の生活から、今では「命は限りあるものだから」と、友人に会ったり、趣味の観劇に出かけたり、積極的に休日を楽しむようになったという聖子さん。気持ちも新たに、日々を歩んでいます。

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エピソードをひとさじ

 取材の翌日に斎田さんからメールが届きました。その中で心に残ったのが、「取材に夫や母が同席したことで、今まで知らなかった家族それぞれの心の内を知ることができました」という一文です。一番近くにいる家族だからこそ言わないこと、言えないこと。時間が経ったからこそ、伝えられることもあると感じたのでした。(編集部)

わたしの逸品

薄切り肉で時短 豚のしょうが焼き

調理時間
15分
主な材料
豚肉、しょうが
栄養価(1人分)
食塩相当量1.1g
エネルギー273kcal
たんぱく質16.8g
投稿者のコメント
がんの治療中、体力をつけるために必要なたんぱく質をと、母が作ってくれる料理の数々。中でも昔から私の大好物が豚のしょうが焼......

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