伝える、試す、そして歩む

2019年6月1日

「こんにちは」と出迎えてくれた清水敏明さんの姿は、すっと背筋が伸びてハツラツとした印象。舌がんと右あごの骨への転移を経て、今はフルマラソンに挑戦中と聞き、その風貌に納得です。

 とはいえ、舌半分と右あごの骨の切除後は、食べ物を口の奥にうまく送り込めずに苦労したそう。常にむせたり、きちんと飲み込めなかったりといった誤嚥(ごえん)の心配もありました。

「入院中に体重が10kgも減ったので、食べて回復させたかったんです。妻がいろいろと作ってくれて、とても助かりました」と話します。

 ネバトロ食材でとろみをつけたり、たんぱく質は段階を踏んで取り入れたり。その甲斐あって、術前とほとんど変わらない食事ができるほどになったそう。夫婦でいたわり合いながら、今に至るまでに編み出した工夫を教えてもらいました。

清水敏明(しみずとしあき)さん

 1966年生まれ。神奈川県出身。妻と21、19、17歳の3人の子どもと5人暮らし。2012年舌がんを患い、舌の1/4と首のリンパ節を切除。半年後に右あごの骨に転移が判明し、舌の半分と右あごの骨の切除、筋肉や神経の切除を行い、再建手術を受ける。リハビリを経て退院後は仕事に復帰し、さらに頭頸部がんの患者会「Nicotto(ニコット)」を立ち上げて活動している。

食事をレベルアップさせる三種の神器

 舌がんが右あごへ転移し、切除と再建手術、さらにリハビリをして迎えた退院の日。清水敏明さんは、妻の佳子さんとともにまずは家電量販店へ向かいました。

「ハンドブレンダーとミキサー、圧力鍋を買いに行ったんです。これからの食事に必要だろうということで。今となっては三種の神器と呼べる存在ですね」

 敏明さんが受けた手術は、舌の半分と右あごの骨、嚥下するために必要な筋肉や神経の合併切除、さらにチタンプレートと腹直筋、足の骨の一部を移植して再建するもの。術後は、食べ物を舌で口の奥へと送ることも難しく、嚥下する力も落ちていました。

「リハビリのほかに『PAP』という舌の動きを補助するチタンプレートを装着したことで、退院する時にはミキサー食やおかゆは食べられるようになっていました。三種の神器は、そこからさらに食事をレベルアップするために必要だったんです」

普段の料理に、ひと手間加えて食べやすく

 佳子さんにとって、3人のお子さんの日々のごはんをつくるなか、清水さんのために別メニューを作るのは大変なこと。そこで、三種の神器が活躍します。

 いつものおかずを作ったら、敏明さんのためにさらにハンドブレンダーやミキサーにかけて細かくしたり、圧力鍋で煮込んで柔らかくしたり。たとえば、ハンバーグを焼いたら、敏明さんのぶんだけミキサーでさらに細かくする、というように。そして、そこにとろみをつけるという方法も取り入れていきました。

 ただ、実際に具体的にどのような状態が食べやすいのか、佳子さんにはわかりません。「食べるたびに僕からきちんと伝えるようにしました」と敏明さんは言います。

 このおかずはすごく食べやすい。こっちはもうちょっと細かい方がいい。この野菜は食べられるから、次はもう少し大きくても大丈夫かも。そんなやりとりを繰り返す日々。

「こんにゃくやレンコンはまだ無理だって言われたこともありました。私は、なんでも小さくすれば食べられるかと思い込んでしまっていて。どちらも噛みにくくて誤嚥につながる食材なんですね。本人から教えてもらってわかることが多かったです」と佳子さん。

 コミュニケーションを繰り返し、さまざまなおかずに挑戦してきたことがよくわかります。

 また、主食、主菜、副菜とそれぞれを器に盛るようにもしていたそう。「おかずはおかゆに混ぜて、一緒に食べても同じなんですが、分けることで食卓の感じが出て嬉しいんです。一品ずつきちんと味を確かめて食べると、おいしい、もっと食べたい、と思えました」と、敏明さん。

食べやすさの要は、ネバトロ食材

 飲み込みやすく、かつ、誤嚥しない食事のために、いちばん効果があるのは「とろみをつけること」でした。さらりとした液体状では、一気に喉へと流れ込んで誤嚥につながり、かといって、ただ炒めただけ、やわらかく煮込んだだけでは、口の奥へと送りにくいのです。

 敏明さん曰く「市販のとろみ剤もあるのですが、いちいち溶かしてダマにならないようにするのは大変なんです。面倒だと続かないからと、食材でとろみをつけたおかずを考えることに。例えば、味噌汁になめこを入れるだけで、ぐっと食べやすくなるんです」

 ほかにも、納豆や長いも、めかぶやオクラなどを細かく刻んだり、長いもをすりおろしたりして混ぜるだけで自然なとろみをつけるように工夫を重ねたそうです。

 たとえば、ほうれん草と舞茸を茹で、めかぶと和えた酢の物は手軽にできて、よく作る一品だとか。

「子どもにも好評なのが、ネバトロサラダ。水菜は1cm幅に切って、きゅうりは細切り、さらにトマトを細かく刻んで、ひきわり納豆とすりおろした長いもを混ぜて作ります。納豆のたれやめんつゆで味付けするだけなので簡単です」と佳子さんが続けます。


材料を切って混ぜるだけで手軽にできる一品。野菜はその時期の旬のものを使って作ることが多いそう。

 水菜やレタスなどの生の葉野菜は、食べにくい食材の代表でした。飲み込もうとすると上あごに張り付いて、口の中に残るのだそう。しかし、納豆と長いもを混ぜてとろみを加えると、すんなり食べられるように。

「もともとサラダが大好きだったので、生野菜が食べられたときは嬉しかったです」

 とろみをつけるにつれ、おいしく食べられるものが少しずつ増えていく。あれもこれも大丈夫だとわかると食べることが楽しくなる。そうして敏明さんの体重は少しずつ元の数値へと近づいていったのです。


佳子さんが作ってくださった水菜を使ったネバトロサラダ(写真左)とめかぶの和え物(写真右)

たんぱく質を意識したメニューに

 体重を増やし、体力をつけるためにはたんぱく質をとることも大切なこと。肉や魚、卵は少しずつ食べられるものを増やしていきました。食べにくいものにも段階を踏んでチャレンジしていったと言います。

「肉だと、最初はひき肉にとろみをつけたものをおかゆに混ぜました。それが食べられたら、次は柔らかくて食べやすい薄い牛バラ肉を刻んだものに。そこから豚バラ肉、薄切りではない牛や豚肉、鶏もも肉と段階を踏んでいって、最後に鶏のささみや胸肉に挑戦しました。食べること自体がリハビリになっていたと思います」

 鶏のささみや胸肉は、パサつきがちで食べにくいものですが、どうしたのでしょう?

「細かく刻んで長いもと混ぜてとろみをつけたら食べられました。どの肉も、最初は小さく刻み、慣れたら少しずつ大きくカットして調理していきました」と佳子さん。

 魚の場合は、術後によく食べていたのが、まぐろのたたきと長いもを和えたもの。刺身は脂の多いサーモンが食べやすく、少しずつカレイの煮付けなどにもトライして食べられるように。インプラントで歯の再建ができてからは焼き魚も大丈夫になったと言います。

「あとは、卵かけご飯はとろみがあって食べやすいですし、半熟卵やスクランブルエッグも飲み込みやすいので、お弁当によく入れてもらっていました」

 夫婦で食べられるものを相談し合い、工夫を重ねてレベルアップさせることで、食べるものが増える。楽しくなって、さらに別の料理に挑戦するという前向きなサイクルが生まれていきました。

 


圧力鍋は、使いやすいよう小ぶりのものを。佳子さんは直径18cmのものを愛用しています。

コミュニケーションできる外食の場を大事に

 おいしく食べられるものを少しずつ増やしたことで、外での食事もできるようになっていきました。仕事にも復帰し、毎日ランチジャーにおかゆととろみをつけた味噌汁、ミキサー食を入れて持参するように。

「最初のころは、おかゆがジャーの保温で溶けてのり状になってしまっていたと言われたこともありました」と佳子さん。いろいろ試してお昼に食べごろになるような水分量を見極めるようになりました。


毎日会社へ持っていくランチジャー。おかゆも少しずつ硬さを変えて、今では普通に炊いたご飯を食べられるまでに。

「復職してからしばらくは、同僚からの食事は誘われても断っていたんです。口から食べ物をこぼしたら嫌だな、食べるのが遅くて迷惑をかけるかもしれない、と不安と心配で」

 快気祝いをしようという同僚からの言葉を嬉しく思いながらも、実際には行動に移せずにいました。

「同僚があれこれ調べてくれてようで、『これなら大丈夫じゃない?』って見せてくれたのが『どんぶり茶わん蒸し』だったんです(笑)。大きな器に茶碗蒸しが入っていて、なるほどと思いました。きっと食べやすいだろうと考えてくれたんでしょうね。そこまで言ってくれるんだったら行ってみようと思って参加したんです」

 実際にお店に行ってみると「みんなで食事をするのは、やっぱり楽しくておいしい。ただ『食べる』だけでなく『会話をしながら』ということに意味があるな、と。誰かと一緒に過ごす食の場は大切だと実感しました」

 より外食に積極的になり、回転寿司ではキッチンバサミを持参し、食べやすいように握り寿司を3等分にカットしてから口に入れるなど、工夫するようになりました。

食を楽しむことは運動やコミュニケーションの原動力

 敏明さんは、右あごの再建手術で膝下の骨の一部と腹直筋を移植しています。退院後も嚥下のため、足を動かすためのリハビリを行ってきました。

 嚥下には、朝晩寝た姿勢で頭だけを持ち上げる運動を繰り返し、足の筋肉を鍛えるには、通勤ではエスカレーターを使わず、階段を一段抜かしで上り下り。

「リハビリとしてはもちろん、食事を楽しむため、体力をつけるため、運動は積極的にしています」と、数年前からマラソンにも挑戦。昨年はフルマラソンを見事完走したそうで、そのバイタリティに驚かされます。

「食は、ただ栄養をとるだけじゃなく、体を強くするものだし、コミュニケーションの場でもあると実感しています。がんになるまでは、妻が作ったご飯さえ食べていれば大丈夫と思っていましたが、今は一食一食、とても大切に感じています」と、清水さんはこれまでを振り返ります。

 夫婦で相談しながら、少しずつ食べられるものを増やすことで、運動や外食を楽しめるようになる。楽しい場が増えれば、自然と日々の食事にも積極的になれる。そんないい循環が生まれ、今に繋がっているのでしょう。

 取材の最後に「ご夫婦の写真を」ということで並んでくれた二人は、肩が触れ合うほどに自然と歩み寄っていました。さらに「肩を組んでみましょうか」という提案にも、照れることなくすんなり。その姿からは、術後の7年間という月日を、しっかりと並走してきたことが伝わってくるのでした。

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エピソードをひとさじ

 敏明さんの料理を作り続けてきた佳子さんに、食事のサポートで苦労したことはないか聞いたところ、「大変に感じなかったの」という言葉が返ってきました。そして「考え方が離乳食と同じで、段階を経て普通の食事に近づければいいと分かったから」ともおっしゃいました。三人のお子さんを育ててきた経験と、調理が楽になる工夫を見つけたからこその言葉だったのでしょう。今回のインタビューは、敏明さんはもちろん、佳子さんも主役であると感じた瞬間でした。(編集部)

わたしの逸品

水菜のねばねばサラダ

調理時間
15分
主な材料
水菜、長芋、納豆、トマト
栄養価(1人分)
食塩相当量0.4g
エネルギー34kcal
たんぱく質2.1g
投稿者のコメント
舌がんに罹患した後、右あごの骨に転移。舌と右あごの骨の一部を切除し再建手術後、食べるのに苦労した食材が葉野菜、中でも水菜......

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