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第38回 術後合併症!ザ・腸閉塞事件〈其の二〉 〜木口マリの「がんのココロ」

掲載日:2020年2月27日 15時00分

 今回は、引き続き腸閉塞事件です。

 手術から目覚めたらお腹の痛みがなくなっていることに気づき、ホッとしたところまでが前回のお話。その安堵感は、ほんのつかの間とも知らずに……。
  

突然の人工肛門登場

 時は戻って手術前、ジャニーズ先生(詳しくは、前回参照)から2つ言われていたことがありました。

 1つは、「お腹を開けてみるだけになるかもしれません」
 もう1つは、「もしかしたら人工肛門にするかもしれません」

 そのときは激痛のさなかにあったこともあり、シノゴノ言っている場合ではなく、ついでに「多分、そんなことにはならないだろ」という、いつもながらの楽観で了承したのでした。

 そのときのことが、ICUのベッド(しかも存外に広い個室)に横たわる私の脳裏に浮かびます。

 人工肛門……。
 腸の疾病のほか、さまざまな腹部のがんでも造設することがあるものです。お腹に穴を開け、そこから腸の切り口を出して新たな排泄口を造ります。
 婦人科のがんを調べるうちに発見し、「これはマジでなりたくないな〜」と思っていたのでした。

 でもお腹に違和感はない。看護師さんが時折、私のお腹をゴソゴソやっているけれど、傷の具合でも見ているのだろう。

「やっぱり大丈夫だったんだな」
 不安という名の黒い影が心の中に見えつつも、期待を込めた、半ば逃避に近い思いを抱いていました。

 少しうとうとしたり、おぼろげに目が覚めたりを何度か繰り返したころ、ジャニーズ先生が傍らに登場。おつかれさまでした、というあいさつに続いて、淡々と私の状態を話し始めました。

人工肛門登場直後。虚ろな表情と裏腹にファンキーなケア帽子。

「病名は絞扼性(こうやくせい)イレウス」
「腸がすでに壊死していて、1.8メートル切除」
「破裂寸前で命の危険がある状態だった」

 う〜ん、意外とおおごとだった模様。何にせよ、痛くなくしてくれたことは、本当にありがたい。ところが、次に極め付きの言葉が。

「人工肛門にしました」

 続くジャニーズ先生の話を耳にしながらも、自分の目がみるみる曇っていくのをはっきりと感じました。体が、柔らかいベッドの奥深くにズブズブと沈み込んでいく。
 それはまるで、底なしの流砂に音もなく沈んでいくかのようでした。何も考えることもなく、もがこうとする気力すらなく、ただ、意識だけが消えぬまま。

 ……いや、本当は自分でもわかっていたのです。
 看護師さんが、私のお腹を見るときにカサカサ、パチパチ、包帯でもガーゼでもない音をさせていることを。そこに、何か以前とは違うものがあることを。

 それを、無意識のうちに心のどこかに追いやっていたのでした。

 ジャニーズ先生の説明がひととおり済むと、機器につながれ言葉を発するのがやっとというなか、蚊の鳴くような声で「ありがとうございました」と言いました。

 先生は去り、広い個室にはまた、横たわる以外に何も成すすべのない、弱々しい自分がひとりきり。「どうしよう」とか「辛い」などという思考さえ湧いてくることもなく、じっと、どことも分からない遠い空間を眺めているだけ。

 とても、静かでした。

 機械音や、看護師さんの足音が止まることはなかったはずなのに、私が存在するベッドだけは別の世界のよう。

 それからしばらくの間、すべてを面倒くさく感じるようになりました。優しく笑いかけてくれる看護師さんにも「ほっといてくれ」と思うばかり。完全に心を閉ざしてしまいました。

人の温度とかすかな希望

がん治療にあたってくれた医師は、「人を憩わせる木」のような存在でした。

 それからどれくらい時間が経ったのか。おそらくまだ早朝と呼べる時間だったと思います。
 不意に、「木口さん」と、私の名前を呼ぶ声が聞こえました。

「あ!」と思うと、そこには、私のがんの治療をしてくれている婦人科の主治医が立っていました。
 場所がらか、しっかりとマスクで顔を覆っているものの、いつもの「ほのかにスマイル」の目はそのまま。

 この医師は、初めて出会ったときに即座に「信頼できる」と直感し、以降、事あるごとに信頼の厚みを増していった人。その姿を見た途端、プシュウと音がするほど肩の力が抜けていきました。めちゃくちゃホッとしたのです。

「CTやレントゲンを見ても、手術に踏み切る判断ができるようなものは見つからなかったんだよね。だから、外科の先生が本当によくお腹を開ける判断をしてくれたなあと思って。本当によかった」

 その言葉に、これまた心が温かくなりました。

「この前の診察で、よいお年を、なんて言っていたのにね、また会っちゃったね。でも本当によかったです」

人の温かさは、太陽のぬくもり。

 そう言うと、なぜか右手を差し出してきたのでした。点滴やらさまざまな管やらに繋がれて、ほとんど身動きの取れない状態ながら、何とか私も右手を出し、そして握手。

 手に、ふわりとした人の体温と、力強さを感じました。
 突然の握手に一瞬驚きはしたものの、信頼する人の温度を感じるのは、いいものです。病院のベッドという固い響きの空間から、人間の世界へ戻ってきたようでした。

 治療も、人間らしくいることも、どちらもそのときの私には必要なもの。それでも、どちらかというと気持ちは人寄りになれた気がしたのです。

 まだまだ自分の状況を受け入れられたわけではありませんでしたが、ここでまた、人としての新しい広がりを得る希望をかすかに感じるのでした。

 今思えば、それが再び歩みを進めるための導きだった気がします。
 私の「人生」という名の旅は、まだ続いていくのです。

 

木口マリ

「がんフォト*がんストーリー」代表
執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。

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