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佐々木常雄の「灯をかかげながら」
第8回「もう頑張れない」から.....

掲載日:2020年7月15日 12時19分

乳がんで再発を繰り返す

 以前、ある病棟の回診をした時のことです。

 私は、一人ひとりのカルテを見て声をかけていきました。女性の4人部屋で、「どうぞ、頑張ってください」と言うと、3人の患者さんは、それぞれ、にっこりされて、「はい」と答えられました。

 この部屋の最後の4人目のBさん(45歳)は、乳がんで、再発を繰り返されていました。
「先生、私、もう頑張れません」

 私は すぐには返事が出来ませんでした。

 「よかったら後でお話をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
 Bさんは「はい」と言って頷かれました。


「赤い点滴は無理と言われました」

 それから、3時間後に、面談室でお話をうかがうことになりました。
 Bさんと私、看護師が付いてくれて3人です。

 Bさん「先生、私、もう頑張れないです。乳がんが再発して、今回で5回目の入院です。がんが皮膚に出てきているのです。赤い注射の抗がん剤をすると、胸の黒いぼつぼつが小さくなります。でも、完全には消えません。一時的には効いても、また大きくなるのです。その抗がん剤を何回も使ったので、量が積み重なって、私の心臓の働きを弱くしているのです。カルテを見ていただくと分かると思いますが、以前よりも心臓のデータが悪くなっています」

 私「なにか、症状はありますか?」

 Bさん「時々動悸がします。最初に赤い注射をされたときは、3週間ほどで、髪の毛がごっそり抜けました。抜けると言われていたのですが、あの時はショックでした。それでも、いまは坊主ですから。でもそれは私だけではありませんから、髪の毛のことは大丈夫です。赤い注射の後で、担当の先生は心臓の検査をしてくれます。だいぶ心臓の機能が落ちているようです。もう、あの赤い点滴は無理と言われました。私、もう駄目なのだと思います」

 私「……」

 Bさん「2週間前、胸に太い管を入れて胸水を抜きました。真っ赤な血が混じった水が、600ccも抜けました。水が抜けなくなるまで1週間、管を入れっぱなしにしていました。寝返りも出来ず、夜も眠れずに頑張りました。管を抜いてから、今は溜まらなくなりましたが、深呼吸は出来なくなった気がします。私はもう頑張れません」

 私「このつらさのなかで、よく頑張って来られましたね。本当のつらさは、ご自身でないと分からないと思うのですが、つらかったと思います」

 Bさん「分かっていただいてありがとうございます」


「私はまた来ます」

 私「カルテには、”落ち着いてから、次の治療をBさんと相談する と書いてあります”よ。きっと別の薬を使うのだと思います」

 Bさん「そうですか。次の薬、効くのでしょうか?」

 私「効いてくれるように、頑張りましょう。一緒に頑張りましょう」

 Bさん「はい、頑張ってみます。4年生になる娘のことが心配で 。おばあちゃん……がみてくれているのですが、おばあちゃんと合わないみたいで 。頑張らなくちゃ……いけないことは分かっているのですが、先生、また来てください。すみませんが、また頑張れなくなるかも知れません。ですから、また来てください」

 私「分かりました。どうぞ、遠慮なく看護師に言って下さい。私はまた来ます」

 2週間が経って、私は気になって、病棟に行ってみました。

 看護師の説明では、次の薬(点滴)をしたところ、特に副作用はなく、調子が良いので退院し、外来で治療を繰り返す予定となったとのことでした。

 帰る準備が出来たBさんと娘さんが、ナースステーションの前に現れました。
 私は2人を見て、思わず「似てる!」と大きな声で叫んでしまいました。親子2人は一緒に笑いだしました。


シリーズ「灯をかかげながら」 ~都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員 佐々木常雄~

がん医療に携わって50年、佐々木常雄・都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員の長年の臨床経験をもとにしたエッセイを随時掲載していきます。なお、個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。

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