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上園保仁の
『選べる・選んだ「漢方薬」があなたの心と体を楽にします』
第1回 〜食欲不振を改善させる六君子湯、そのメカニズムは?〜

掲載日:2022年5月12日 14時44分

第1回 〜食欲不振を改善させる六君子湯、そのメカニズムは?〜

 がん患者の苦痛や悩みは、がんにより直接引き起こされるものに加え、抗がん剤、放射線治療の副作用によるものなど多岐にわたります。身体の調子が良ければ心が上向き、治療を続ける気持ちにもなり、また治療効果も上向きます。近年いくつかの「漢方薬」が抗がん剤治療などで起こる副作用を和らげることが、動物や細胞を使って研究する基礎研究、および人を対象とした臨床研究が進んだ結果、明らかになってきました。漢方薬にはご存知のように、薬局やドラッグストアで購入できるもの、そして医師の処方箋のもと病院などで処方される医療用漢方薬があります。医療用漢方薬は現在148種類あり、これらの漢方薬は保険が適応されます。今回は、食欲不振や吐き気を改善するとされる漢方薬「六君子湯」について、なぜ食欲が改善されるのかについての科学的メカニズムをお話しいたします。

 六君子湯は食欲不振、胃もたれ、嘔吐などの症状軽減に用いられ、その効果については患者さんも医師も実感し、評価され、多くの方に用いられている代表的漢方薬です。六君子湯は蒼朮(そうじゅつ)、人参(にんじん)、半夏(はんげ)、茯苓(ぶくりょう)、大棗(たいそう)、陳皮(ちんぴ)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)の8種類の生薬でできています。現代の科学技術を用いた研究により、六君子湯を構成する8種類の生薬成分の中の5種類が、末梢組織で唯一食欲を促進させるホルモン「グレリン」の分泌を促進し、加えてグレリンが結合するタンパク質である「グレリン受容体」にグレリンをくっつきやすくさせること、さらにはグレリンを分解する酵素を阻害して身体を流れる有効なグレリンの濃度を保つなど、5種の生薬に含まれるいろいろな成分が身体の中の複数のターゲット分子に作用してグレリンシグナルを増強させることがわかりました(図1、2)。つまり、六君子湯が食欲を上げるグレリンのシグナルを強めることで、がん患者の食欲および嘔気・嘔吐を改善していることが明らかになったのです。

 いにしえの時代、どの薬師(くすし)がどのようにして多くの生薬の中から8種類を選んだのか。21世紀になり、六君子湯の8種類の生薬のうちの5種類に食欲促進ホルモン、グレリンのシグナルを強める作用があることがようやく明らかとなってきたのです。「経験知」の積み重ねで作られ、使用されてきた六君子湯が、実はグレリンシグナルを増やす生薬が組み合わさっており、食欲を増す漢方薬になっていたとは、まさに驚きに値します。さらにおもしろいことがわかってきました。年をとったマウスを用いた動物実験で、六君子湯がなんと、年取ったマウスの寿命を延長させること、そのメカニズムとして長寿遺伝子と呼ばれる遺伝子、サーチュイン遺伝子が六君子湯により活性化され、さらには心筋の石灰化を抑制したり、骨格筋が萎縮するのを防ぐなど、健康寿命を延伸させるようなイベントに貢献していることがわかったのです。このように、経験知を元に作られた六君子湯が、実は絶妙な生薬の組み合わせにより作用が発揮されていることが今科学的に明らかにできるようになってきました。そんな時代が訪れたのはとても幸せなことだと思います。

 経験に基づいて使用されてきた漢方薬、漢方医学でいうところの漢方薬が効く「証」と呼ばれる条件に合わせて処方されてきた漢方薬が、科学的根拠に基づいても処方されるようになったことは、処方する医者にとっても、それを利用する患者さんにとっても大きな福音となると思います。食欲がなくて困っている患者さんはこのような作用を持つ六君子湯をまず使ってみる。それが重要かと思います。


【豆知識】

 六君子湯は8種類の生薬でできている漢方薬なのになぜ “六” 君子湯なのでしょうか?それは、六君子湯に含まれる大棗と生姜はいわゆる調整薬とみなされ、処方を構成する “君たる生薬” とはみなされなかった、からだそうです。


上園保仁(うえぞの・やすひと) 東京慈恵会医科大学疼痛制御研究講座 特任教授 1985年 3月 産業医科大学卒業、医師免許取得 1989年 3月 産業医科大学大学院修了、医学博士取得 1991年 1月 米国カリフォルニア工科大学留学 2004年11月 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科内臓薬理学 助教授 2009年 1月 国立がんセンター研究所がん患者病態生理研究部 部長 2015年 5月 同センター先端医療開発センター支持療法開発分野 分野長 兼任 2016年 1月 同センター中央病院支持療法開発センター 主任研究員 兼任 2020年 4月 東京慈恵会医科大学疼痛制御研究講座 特任教授 2020年 4月 国立がん研究センター東病院支持・緩和研究開発支援室 特任研究員 併任

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