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村本 高史の「がんを越え、”働く”を見つめる」
第13回 言葉を考える③~「リスキリング」と「患者力」

掲載日:2023年2月9日 9時07分

 最近、「リスキリング」という言葉をよく聞きます。使い方によっては物議を醸しますが、環境激変の時代でもあり、働いていく上で学び直しをすることは基本的には必要なことでしょう。

 今回は学ぶということについて考えてみましょう。


環境変化の激しい時代に

「人生100年時代」と言われるようになりました。高齢になっても働きたい、あるいは働かざるを得ない人が増える中、一生の内に勤務先や職業を変えることは当たり前になっています。

 企業においても、「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」が叫ばれ、仕事やサービスのデジタル化など、変化への対応が求められています。「何事もスピード」となると、働く人の中には大変な時代になったと思う人もいるかもしれません。

 もっとも、「人間、一生成長だ」という説もあります。たとえ地道であっても、何らかの学びを積み重ねたり組み合わせたりすることができれば、人間としての成長につながり、生きがいにも結びつくことでしょう。

 ポイントは、やはり主体性にあるような気がします。環境に、目の前のことに、どう向き合うか。きっかけはどうあれ、自分の意思で状況に向き合う時、そこには主体性や充実感が生まれるのではないでしょうか。

 私自身、がんの再発手術で声帯を失った苦い出来事の後、様々な出会いや機会からたくさんの学びを得てきました。それこそが、私の「リスキリング」だったようにも思います。


あの頃の気持ちを

 医療の分野に目を転じると、昨今は医療者のみならず、患者に対しても学びの姿勢が求められたりもします。

 自分の病気を医療者任せにしないこと。そのために患者としての知識や前向きさを高めること。こうした患者の学びの姿勢はもちろん重要ですし、まったく否定しません。

 けれども、これらを「患者力」という言葉にした時、私の心はざわつきます。それは、「患者力」という言葉が「患者力があるか、ないか」という評価の視点や上から目線になりかねないからです。

 忘れてはならないのは、病気がわかったばかりの人の多くは不安に戸惑う一人の患者に過ぎないことです。自分自身について「あの頃は患者力がなかった」と振り返ることはまだよいでしょう。しかし、不安に戸惑う人たちを思い浮かべた時、医療者や経験を積んだ先輩患者には同じ目線に立ってほしいし、それなくして「患者力」云々とは決して言ってほしくありません。

 むしろ問題なのは、他国と比べて日本人全体の医療に対するリテラシーが低いことではないでしょうか。病気をしたかどうかに関わらず、国民全体の医療リテラシーを上げること。 一方で、医療者は寄り添いの姿勢で患者の思いを引き出しながら、対話していくこと。これらこそ重要なことなのではないでしょうか。

 病気になった患者で様々な学びが可能な状況にある人は、知識や医療者とのコミュニケーション力などをどんどん身につけていくに越したことはありません。但し、患者として学べる状況にない人や思い及ばない人もいたりします。こうした人たちも包摂する眼差しが大切だと、私は思うのです。

 通院先の待合室でいら立ったり混乱したりしている人を見かけることがあります。その姿を怪訝に感じた後、「自分もそうだったなあ」とふと我に返ったりもします。

 初診(初心)忘るべからず。あの頃の気持ちをいつまでも大切にしたいものです。

村本高史(むらもと・たかし)
サッポロビール株式会社 人事部 プランニング・ディレクター
1964年東京都生まれ。
1987年サッポロビール入社。
2009年に頸部食道がんを発症し、放射線治療で寛解。
11年、人事総務部長在任時に再発し、手術で喉頭を全摘。その後、食道発声法を習得。
14年秋より専門職として社内コミュニケーション強化に取組む一方、がん経験者の社内コミュニティ「Can Stars」の立上げ等、治療と仕事の両立支援策を推進。
現在はNPO法人日本がんサバイバーシップネットワークの副代表理事や厚生労働省「がん診療連携拠点病院等の指定検討会」構成員も務めている。

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