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第86回 見えているのに、見えていないもの(1) 〜ジャパン・キャンサー・サバイバーズ・デイの“意外”なテーマ〜/木口マリの「がんのココロ」

掲載日:2025年8月28日 10時00分

「今年のJCSDのテーマは『転移・再発』です」

 JCSDとは、日本対がん協会が主催するがんのイベント「ジャパン・キャンサー・サバイバーズ・デイ」のこと。毎年、大勢のがん患者さんや家族が参加しています。今年は私も関わらせていただくことになり、その打ち合せでオフィスを訪れていました。

 正確なテーマは「がんとともに生きる 転移・再発した私の『わたしらしく』を考える」。

「意外」というのが第一印象でした。と同時に「なるほど、そうきたか」とも感じました。何やら、ハッとさせられるものがあったのです。

「ジャパン・キャンサー・サバイバーズ・デイ2025」6月1日、国立がん研究センター中央病院(東京・築地)の研究棟で開催されました。

「意外」の背景にあるものは?

 以降、周囲の人たちにこのテーマを伝えてみると、一様に「重いテーマだね」「思い切ったね」という反応でした。重いという表現はちょっと他人事っぽくて何やらモヤモヤするのだけど、確かに深刻な話題ではあります。

 転移・再発する人は、一定数存在します。それは誰もが知っていること。しかし、特に不特定多数の患者や家族に向けた規模の大きなイベントでは、誰もメインテーマに取り上げようとしてきませんでした。

 ある医療機関でも、イベントで取り上げようとしたことがあったそう。しかし同様に「重い」という意見があり、実施されなかったといいます。

 JCSDで登壇された高橋 都先生も、「このテーマにするのは、勇気がいったと思う」と話していました。私も、協会内でけっこうな議論があったのでは、と想像しました。

 しかし、なぜそんなに「意外だ」と感じたのでしょうか。

 その背景には、「深刻すぎて話題にできない」という思い込みが世間一般にあり、何となく触れてはいけない領域のようなところがあったのかもしれない、と思いました。

がんとの「向き合い方」が変わってきた……?

イベントの“和み”としての展示。がん患者さん・家族・友人・医療者から募集した写真とコトバ「私の見つけた『半径500メートル』」(協力:がんフォト*がんストーリー)。

 よく考えると、転移・再発に限らず「がん」はいずれも明るい話ではないはず。世の中の多くの人にとってはまだ「話しづらい話題」だと思います。しかし、がんが以前と比較してオープンになりつつあることも、誰もが感じているのではないでしょうか。

 その要因として、たくさんの著名人が自身のがんを公表し、治療をしながらも仕事や活動を続ける姿を示してくれているのも一つですが、がん患者や医療者の中に「がんでも楽しく人生を生きたっていい」と考える人が増えたことも大きいと思います。そもそもの「病気に対する向き合い方」の自由度が増してきたのでは、と思うのです。

 それは、私ががん告知を受けた2013年から現在(2025年)までの12年という期間でも、かなり変化したと感じています。

 当時もさまざまながんのイベントはありましたが、どことなくぎこちなく「腫れ物に触る感」や「がんばりすぎている硬さ」がある気がしていました。それが、特にここ数年で柔らかく自然な雰囲気になってきたように思います。学会に患者会が関わることも多くなり、患者の考え方を知ろうとする医療者も徐々に増えてきました。

 もしかしたら、今は、そのような変化が加速しつつある過渡期なのかもしれません。そして、次の段階であるより深刻なテーマへ一歩を踏み出した、そのハシリとなったのが、今年のJCSDだったのではと思いました。

いつも以上に、じっくりと展示を見てくれる人が多くいました。

新たな一石

JCSDで配布されていたパンフレットの一つ。設置後すぐから、多くの人が手に取っていました。

 今年は参加受付を開始してから、早々に定員に達したと聞きました。それほど「転移・再発した私の『わたしらしく』」を欲していた人がいるということでしょう。

 参加した人たちは、皆、これまでのイベントと比べて熱心さの度合いが全く違うと感じました。掲示を一つひとつじっくりと眺め、パンフレットや資料を手に取って、そこに何かを見出そうとしている人がとても多かったように思います。私の持参した「がんフォト*がんストーリー」のリーフレットも、いつになく足りなくなるほどでした(治療とは直接関係ない活動にも関わらず!)。

 重かろうが何だろうが、必要としている人がいるのなら、それは大切なこと。今回のJCSDは、「意外」という以上に「新たな一石」のように感じました。見えない壁に衝撃を与えてくれたのではと思います。

 テーマのチョイスからイベント当日の様子まで、そのいずれもが私にとって考えさせられる時間でした。「見えていなかったけど、確かにとても大事なことだよね」と、ハッとさせられました。

 知ってはいても気づけていないもの。ある意味では「見て見ぬふりをしているもの」であり「偏見」だったかもしれない。他にも、無意識に避けているものがないだろうかと、時折、自分の心の中を振り返ってみることが大切だと思いました。

木口マリ
「がんフォト*がんストーリー」代表 執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。
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