「見えているのに、見えていないもの」第2弾です。前回は、自分でも気づかないうちに避けていたり、「触れてはいけないもの」と思い込んでいたりする、言わば、“心の”見えていないものについて書きました。
今回は、「実際に目の前にあるのに、見えていないもの」のお話です。 「目の前にあるなら、見えるでしょ?」と思うかもしれません。それが、意外とそうでもないんです。どんなに身近にあっても、「見よう」と意識しなければ見えないものがあるのです。
至るところにあるのに見えていない!?
私がそれを実感したのは、オストメイトになったときです。オストメイトとは、人工肛門や人工膀胱を持っている人のこと。ほんの5カ月間ですが、私も人工肛門で暮らしていた時期がありました。
人工肛門って、これはもう、まったくの新しい世界なんです。がんになってからの日々は新しいこととの出会いだらけでしたが、そのさらにナナメ上の、予想もしなかった世界に足を突っ込んだ気がしました。
緊急手術から目覚めたら人工肛門になっていて、そのときの衝撃たるや、想像を絶するに他ならないものがありました。実際にその状態で生活してみるとたいして不都合はないし、逆にとても楽しくて、いい意味での予想外でもあったのですが。
ともあれ、「人工肛門のある生活」が始まると、これまで見たことのないようなモノを目の当たりにし、新たな知識も得るようになりました。
「人工肛門は、実はお尻ではなくお腹に付いている!」は、身を持って知ったことだけど、「お腹にパウチと呼ばれる袋を装着して暮らす」、「温泉やプールに入れる」、「運動も普通にできる」などなど、意外な事実もたくさん知りました。
そしてもうひとつ、初めて知ったのが「オストメイトにも、マークがある」ということ。知っていますか?「オストメイトマーク」。私はまったく知りませんでした。
どんなマークかというと、人型の下腹部に十字が描かれているだけのシンプルなピクトグラムです(今、気づいたのだけど、オストメイトであれば「なるほど」というデザインながら、多くの人は人工肛門がどこにあるのかも知らないので、何のことか分かりづらいといえば分かりづらい)。
ともあれ、妊産婦さんを示す「マタニティマーク」はだいぶ知られてきたし、「ヘルプマーク」も優先席や駅のポスターに説明書きが貼り出されていて、認知度は上がってきています。
「でもオストメイトマークなんて、どこにもないよなぁ」と、思っていました。しかし実はこのマーク、よく見ると街の至るところにあるのです。
なぜ至るところにあるかというと、主にトイレに表示があるからです。近年ではトイレにオストメイト用の設備があるところが増えているため、駅や商業施設など、それなりの大きさの公共トイレなら、かなり高い確率でこのマークが付いています。
外出中にトイレを使ったことがない人は、ほとんどいないと思います。初めての場所ならトイレのマークを探して歩くこともあるでしょう。そんな、誰もが日常的に使い、誰もが目にする場所に、しっかりと掲げられているのです。
そのことに気付いたとき「えっ!?」と驚きました。「どこにもない」と思っていたのに、身近な場所にこんなにたくさんあったとは……!
「見たことがない」と思っている皆さん。今度、意識してトイレの表示を見てみてください。自分の目の節穴具合に衝撃を覚えます。
「目では見えていても、脳は気付けていない」
しかしなぜ、見えていなかったのでしょうか。それは単純に、関心がなかったからだと思います。関心がなく、それが何なのかの知識もないのなら、私たちの目は「そこにあるという事実すら、認識しないことがある」のだと感じました。
あるマンガに、こんなセリフがあります。 「『見える』は『気付く』だ。目では見えていても、脳は気付けていない。」by『出禁のモグラ』(講談社)――まさにその通りだと思いました。
しかし、これは一種の脳を守る機能なのかもしれません。目に入るものを何でもかんでも認識しようとすると、脳がオーバーヒートしてしまうのでは、と。脳を守るために「今の自分に必要のない情報」は、自然と除外するようにできているのかもしれないなと想像します。
「脳が認識しない」を逆手に取ってみた
ところで「脳が認識しない」は、実は、逆手に取れば自分に有利に使うこともできます。これもオストメイト時代に発見しました。
先ほど、「人工肛門にはパウチを付けていて温泉にも入れる」と書きましたが、さすがにそれなりの大きさの袋(私の場合、手のひらよりも二まわり大きい)をぶら下げたままでは邪魔なので、自作のお風呂用パウチ収納グッズを使っていました。パウチをクルクルと巻き上げて筒状にする、結構カワイイ代物です。いろいろな柄の生地で作りました。
つまりはお腹に、花柄やらゾウ柄やらの筒状のものが付いているわけです。でも、何度お風呂屋さんに行っても、誰一人、私のお腹に気付いて目をむける人はいませんでした(実験を兼ねて、私は周囲をひそかに観察していた)。
おそらくそれは、「何なのか想像もつかないようなものは脳がスルーしてしまう」という現象だったのではと思いました。それを狙ったわけではないですが、人間の目の面白さを感じたものです。
◇
「見えているのに気付かない」は、私にとって驚愕の気付きでした。そして少し怖くもあり、もったいなくも思いました。きっと、ほかにもたくさん見逃しているものがあるはず。
がんに付随する一連の病気経験は、気付きの連続でもあります。それだけたくさんの世界に触れることのできる、とても深い経験だと思います。大変ではあるけれど、大切な私の人生の一部なのだと感じています。
《参考》 「人工肛門って何?」と興味を持った方は、木口マリのがんのココロ 第40回『人工肛門は、お嫌いですか? 〜知られざる愉快な世界〜』https://www.gsclub.jp/tips/13096を読んでみてください!
