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第18回 私、仕事を辞めるべき? 実家に帰るべき?
木口マリの「がんのココロ」

掲載日:2019年4月23日 19時19分

 がん患者は悩みがいっぱい。「悩める乙女」くらいロマンチックな悩みならばいいのだけど、がんの場合は切実な悩みが尽きません。命、お金、仕事、生活、家族、将来……。しかもそれらがすべて一度にドカンと押し寄せてくるわけで、パニックになるのもうなずけるというもの。
「私は死ぬんだ」と思い込み、勢い余って仕事を辞めてしまったり、恋人との縁を切ってしまったり、“人生の清算”をしてしまうのは、仲間うちでもたびたび聞く話です。

 と言っても清算自体が悪いのではありません。状況によっては、その方がいい選択のこともあるでしょう。ここで気をつけなければいけないのは、あわてて重大な決定をしてしまうこと。後々、「……あれ、意外と死なないや」と、冷静ではないときの判断を後悔するというのも、これまたよく聞きます。


私、仕事を辞めるべき?

「がん=治療が第一」
 ほとんどの人は、こう考えると思います。これは当然なのだけれど、だからといって「生活をすべて変えなければ!」と思う必要はありません。入院や手術で一定期間仕事ができない場合もありますが、必ずしも100%治療に注力しなければならないわけではないのです。

 がんのココロ第5回「意外と知らない、現代のがん事情・2――『ちょっくら緩和ケア』」でも述べたように、現代のがんは根治だけがゴールではありません。治療をしながらがんと一緒に生きていくのも一つの方法。定期的に病院で治療を受けたり、自宅で飲み薬による治療をしながら会社に通う人もたくさんいます。がんの進行がゆっくりの種類であれば、積極的な治療を行わずに経過を観察できることもあります。
 そんなわけで、がんの告知を受けても、「死んでしまう」「職場に迷惑がかかる」と決めてしまうのはとりあえずやめにして、一度深呼吸をしてから改めて考えることをお勧めします。

 すでに「がん=仕事はできない」という時代ではありません。ただし、これには本人だけでなく職場や家族など、周囲の理解も重要になってきます。誰もが、がんが身近に起こる前からある程度の知識を持っておくべきだろうと思います。


自分にとっての「ちょうどいい」を見つける

 私はフリーランスでかなり自由のきく仕事ではあるのですが、がん発覚当時はある会社にほぼ常駐して仕事をしていました。思いのほか多忙になってしまい、ほかの仕事を受けられなくなっていたことから、活動の幅を広げようと「今月いっぱいで契約をストップします」とお伝えした直後にがんが見つかりました。

 まだ社内にいる間から治療を開始。ほとんど社員のような形だったので、会社の健康保険組合からそれなりの金額の療養費が支払われて、「会社勤めの利点がこんなところに!」と思った記憶があります。社会保険にはいろいろな知られざるお助け制度があるため、それもあわてて会社を辞めない方がいい理由の一つといえます。

 そのほか、たとえ会社を長期で休むことになったとしても、「戻れる場所がある」と思えるのが安心要素になることも。もしも逆に不安が増してくるなら、そのときに改めて辞めるかどうかを考えればいいのです。

 私の場合はそのまま辞めるかたちではありましたが、何の後悔もなく「ま、いいか」というくらい。タイミングがよかったとも思っています。あえて体が「よし、ここでがん発覚」と計画していたのではと思ったりもします。

 収入はゼロになり、ときに不安を感じることもありました。それでもだいたいいつも、最終的な心の落ちどころは「何とかなるだろう」でした。それは私が、不安をあえて心の隅に寄せておくことができたから(そして結構な確率で、隅にある間に不安の気配が薄くなる)なのですが、仕事を休むか辞めるか、不安な気持ちにどう接していくかにおいても、自分にとっての「ちょうどいい」は人それぞれです。まずは少し時間をかけて、心をひとつひとつ整理しつつ、考えてみてもらえたらと思います。


私、実家に帰るべき?

「どこで療養するか」も、がん患者のお悩みの一つ。これには、本人だけでなく家族の気持ちもからんできます。

 がんの治療というと、よく「実家に帰ったの?」と聞かれます。でも私は、帰ろうとも、帰りたいとも思いませんでした。その理由は、「自分の家が一番落ち着く」「病院に近く、通院や緊急時も安心」「仕事に復帰したいと思ったとき、すぐに行動できる場所」「実家はプチ田舎で、どこへ行くにも遠い」など。
 両親としては帰ってきてほしそうな雰囲気があったのですが、誠に勝手ながら、自分の心の安定を一番に優先させてもらいました。そうは言っても心配をかけているのは間違いないので、「なぜ自宅の方がいいのか」をきちんと伝えるようにしました。自分が病気のときは、家族も不安です。家族も安心できるような気配りをしたいものです。

 ただし自宅療養には、十分に自活ができるか、術後や抗がん剤の副作用時などの“半・寝たきり状態”のときに助けてくれる人が近くにいることが条件となります。私の場合は、家族全員の家や職場が比較的近く、いずれも健康だったという好条件のために可能でした。必要なときに力になってくれる家族がいることは、とてもありがたかったです。

 高齢化が進んでいるなかで、患者が高齢者の場合や、高齢の両親のお世話をしながら自分のがん治療を行っている人もいます。心の安定どころか、自分や家族だけではどうにもできない状況になる人もいるでしょう。その場合には、誰かの助けを借りることも大切です。治療をしている病院や、近くにある「がん診療連携拠点病院(全国に約400箇所)」の「がん相談支援センター」で、看護師やメディカル・ソーシャルワーカーに相談してみるのも手です。


どんな選択も、間違いではない

 がんは、人生において強烈なインパクトのある出来事です。ショックや恐怖心が大きく、先のことがうまく見通せないこともあります。そんなときに“正しい選択”をしようとするのは難しいものです。悔やむこともあるかもしれません。

 ただ、この“正しい選択”は、何か決まったものではなく、ものの見方によるものだと思います。いかなるときにも選択をする場面はあり、その先に何があるかは、そこまで行かなければ分からないものです。正しいと思うことが残念な結果を生むかもしれないし、その逆もあります。そのなかで、とにかく今できることは、「自分が今、一番いいと思う方法」を選ぶことです。

どんな選択も間違いではないと、私は思います。例えば勢いで仕事を辞めてしまったとしても、そのおかげで始められる新しいことが必ずあります。新しい仕事や活動や、仕事を辞めなければ見えなかったものごともあるはずです。
 道はいつも、どこかに続いているもの。選択は、結果を生むためだけにあるのではなく、その先に続く何かへの出発点でもあります。選択が辛さを生んだとしても、辛さから何も得られないわけではありません。

 まずは落ち着いてみることが大事ではありますが、選択自体を後悔するよりも、その選択から得られるものを探していく方がいい。そうやって、人生はより新鮮に、より楽しくなっていくのではないかと思います。


木口マリ

「がんフォト*がんストーリー」代表 執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。

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