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第19回 セカオピる? 〜セカンドオピニオンをやってみよう〜
木口マリの「がんのココロ」

掲載日:2019年5月16日 12時27分

 最近、著名人が、自分のがんを告白することが増えてきました。どんなことであれ、耳にすることが多くなれば、それは少しずつ日常になっていくもの。“がんの人がいることが普通”と、誰もが認識する世の中になっていくのだろうと思います。
 そういった意味で、近年、「セカンドオピニオン」もだいぶ市民権を得てきました。しかし、受けるべきかで悩んでいたり、うまく活用できていなかったりする人が多いように思います。
 私も悩み、最終的にはサードオピニオンまで受けたのですが、そもそも受けようと決めた理由は、ちょっと普通とは違うものでした。今回は、そんなセカンドオピニオンのあれこれのお話です。

セカンドオピニオンは病院を替えるためのものではない

 がんや医療の「勘違いあるある」は数多くあるけれど、その代表例が「セカンドオピニオン」。「病院を替えるために受けるもの」と思っている人はかなりいるようです。実際は、今、診療を受けている病院に戻ることを前提に、「主治医以外の医師に意見を聞いてみる」というもの。文字どおり、「セカンド(2番目)オピニオン(意見)」なのでした。

 そのため、セカンドオピニオンの病院では、基本的に検査などを行わず面談のみ。元の病院の検査データを持参します。そこでの医師の見解を持ち帰り、主治医と今後の方針を決めていきます。結果的にセカンドオピニオンの医師に変更することはあるかもしれませんが、その場合は改めての受診となります。

 そんなわけで、セカンドオピニオンは通常の診療ではなく、自由診療。つまりは保険がききません。私が受けたものは約1時間24,000円で、そう安くもない。いや、かなり高い。価格は病院によって様々で、ひとつの病院内でも「教授と准教授で料金が違う!」などということも。これには、「う〜ん」と悩まざるを得ません。いろいろ大変なのに、変なところで悩ませないでくれと思った覚えがあります。

主治医に言いづらいキモチ

「主治医が気を悪くするのでは……」
 これも「あるある」です。しかし現代では、セカンドオピニオンは患者の当然の権利になっていて、多くの医師は不満な様子を見せることはありません。もし意味もなく不満気だったら、「現代の医療を継続的に勉強していない医師なのでは」と、私は逆に疑ってしまいそう。

 そんなことを知らなかった当時の私も、やはり大変言いづらかったです。しかも「子宮、卵巣、その他もろもろの摘出手術をすべし」と言い渡された直後で、脳内がてんやわんや中。そんなときに主治医から「は?」みたいな顔をされたらさらにストレス大。セカンドオピニオンの「セ」の字がなかなか口に出せず、グググと前のめりになっていたのではと思います。
 その(よっぽどヘンな)様子に気付いてか、主治医は自分から「セカンドオピニオンを受けますか」と提案してくれました。なんて素敵な先生。先生株、急上昇。

 近年では、そのように、医師が提案してくれることも増えています。医療は、様々な方面でどんどん進んでいます。本当にありがたいことです。

もらった意見をどうするか

 セカンドオピニオンでは、主治医と同じ意見をもらうことも、別の意見をもらうこともあります。同じ意見であれば、自分で「そうか」と納得できればいいけれど、別の意見、あるいは多様な意見がある場合は、さらに悩んでしまうかもしれません。

 がんのココロ第12回「薬をもらうだけではもったいない!! 薬剤師を味方にしてみよう」でお話をうかがった「患医ねっと」の鈴木信行さんは、この悩みについて、こんな話をされていました。

「治療法を選ぶのではなく、『自分がどう暮らしていきたいか、自分にとって何が大切なのか』を医師に伝え、それに合う治療法を順序立てて示してもらう」

 医師は、私たちの生き方や生活を知っているわけではありません。病気を治すために最善と考える治療法を提示してくれていても、それが必ずしも患者が望む生き方に沿っているものとは限りません。

 鈴木さんは、甲状腺がんにかかった際、「講演や執筆を続けるため、声帯や上肢機能はのこしたい」などを伝え、それらを優先した治療をしてもらいました。人によっては、「脱毛は避けたい」「将来、赤ちゃんがほしい」「子供の卒業式を見たい」などもあるでしょう。何が大切かは人それぞれです。伝えても必ず叶えられるわけではないかもしれませんが、伝えなければ、医師に分かるはずはありません。主治医の心の片隅に置いておいてもらうだけでも、気持ちのゆとりになるのではと思います。

セカンドオピニオンの本当の意味

 セカンドオピニオンを、なぜ受けるのか。私は、その意味は一つではないと思っています。
「現在、提示されているものとは別の治療法を探すため」を目的として受ける人が多いですが、私の場合はまったく違いました。そもそも治療法には納得していたし、主治医のことも大変信頼していました。セカンドオピニオンでもおそらく同じ答えが出ると、最初から分かっていたのです。

 それでも受けるべきだと思ったのは、「やろうかどうしようか迷っていることを、すべてやっておくこと」が、私にとって重要だったからです。
 手術をしてしまえば、元に戻ることはできません。冷静に受け止めているつもりでも、もしかしたら「やらなかった」ということが、後々、深い後悔を生むかもしれないと思いました。「なぜ、やらなかったのだろう」と。「やった」という事実があるだけで、将来の悩みを一つ解消できます。
 ちなみにサードオピニオンは、主治医とセカンドオピニオンのどちらもが男性医師だったため、女性医師の意見をうかがって、さらに納得を深めたいという思いがありました。

 で、やはり答えは同じ。しかし、医師の中でも「主治医のフィーリングが一番合う」と実感できたことや、セカンドオピニオンの医師からの信書を、主治医が「一緒に読みましょう」と目の前で開封してくれたことによりさらに信頼が増すなど、想像以上の利がありました。

 また、「自分の望むことを言ってもらえるまで、病院を渡り歩く患者さんがいる」と、いくつかの場で聞いたことがあります。それも私は、「今、自分にそれが必要なら、やってみればいい」と考えています。求める結果のために動くのは、悪いことではありません。
 ただ、一つの結果や治療法にガチガチに執着するのではなく、どんな話もひとまずは「受け取る」ことが大事だと思っています。受け取って、自分の中で消化していけば、新しいものが見えてくることもあります。

 治療法であれ、医師であれ、病院であれ、信じることは大切だけれど、「盲信」は視野を極端に狭くします。ちょっと力を抜いて、いろいろなものを見て聞いて、考えてみてもらえたらと思います。

 セカンドオピニオンは自分のために受けるもの。その理由は様々でいいと思います。私は「迷っているならやってしまう」が合っていますが、そうでない人もいるでしょう。自分に何が必要かを、まずは心に問いかけてみてください。それが、納得して治療していくための一歩になるかもしれません。

木口マリ

「がんフォト*がんストーリー」代表
執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。

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